なんとかなるさ~

Emiko/記録の保存庫

タグ:自分を育てる

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大きな目標を長いこと掲げているのに、一向にその目的を達成できずすくぶっている人がいます。


あるいは、何か大きな問題に直面したとき、どうしていいか分からず、ただ大騒ぎして悩むだけで、ちっと問題解決に至れない人もいます。




そういう人たちって、ブツブツ言っている割には、遠くにある目標をじーと眺めているだけで、全く動かない。動いても当たり障りの無い「大したことがない動き」だったり…等。


なんだか、変化は嫌だ!このままでいい!オーラが出まくりなんですよ(^_^;)(笑)。


つまり、そこに到達する気は最初から無かったりするんですよね。



そういう場合、無意識のうちに「自分にはできない」と決めてたりします。



そう勝手に自分の潜在意識が「自分には無理!できません!」設定にしているから、だから変わらないのです。「そこから自由に動いて大きく変容する!」の設定は全然していませんから…ね。(笑)。



つまり、何も解決していない今の状態でいたい!と、その人の潜在意識が欲求しているから、なのです。



そういう人をよく観察してみると、皆さん、自分の足元にある大事なことを平気でスルーするんですよ。


足元に、変化・変容・成長のボタンがわんさか落ちて転がっているんだから、そのうちの一個でも踏んでしまえばいいのに(地雷みたいな例えだけどw)、絶対に踏まないし、触れもしないのです。

…というか、気づいていないんだと思います。
見えていないし、認識していないし、平気でスルーしているんです。



で、遠くの目標ばかり眺めてて、全然前へ進まない現実を「これが私の日常」だと思いこみ、自分の人生を半ば諦めていたりするんです。




例えば、



自分には決断力が無い!と自覚しているのなら、日々の暮らしのなかで常に「自分で選択して自分で決断を下す」ということを意識的に実践していくといいと思います。


だけど、決断力が無い人って、毎日の暮らしの小さなことも決められないんですよね(汗)。


決断できる自分になろう!という意欲がないんです。



決断力が無い状態で居続ければ、


どんなことも人に決めてもらえて楽だし、

それで失敗しても人のせいにして自分は被害者でいられて責められることはないし、

思うようにならない時は全部他人に責任を被せて自分は悪者にならないし、


…で、こっちの方が自分には合っているし楽チンでいい!…と、無意識のうちにそうしている場合が多いんですよね(汗)。


しかも、


人に勝手に決められた!押し付けられた!と時々プリプリ怒ってる割には、自分で決められない状態に馴染んでいて、そこから這い出る気が全く無かったり…(^_^;)。



要は、その状態でいることに全然困っていないんです。


本当に困っていないから、そのまま現状維持!なんですよ。



それで、他人との距離感を保っていたり、自分と他人との関係性を維持していたりしていて、一応、本人にとってはその状態であり続けることが、人間関係のバランスを崩さないでいられる状態なんです。



だから、自分が動くことで今まで慣れ親しんだそのバランスを壊しかねないから、それが怖くて、ずーと「決断できない自分」で居続けるほうを選択していたりするんです。


ワカルカナ?



自分個人の性格的な問題でありそうなんだけど、実は人との関係性や人間関係に対する自分の姿勢が、「根本的原因」ということもあるのです。



優柔不断でいる方が、自分にとっても周りの人にとっても都合がいい…ということです。


そういう場合、その人は「自分で選択して自分で決断を下す」ということを、自分の人生スキルから外して手放しているんですよね〜。




だから、いつまでたっても何も決められないんですよ(^^;。



自分で決められない状況って、実は人間にとっては大きなストレスになります。



自分で「他人任せの人生を送る」ことを決めてそうしているとはいえ、やっぱりストレスがたまるから、精神的には相当辛いと思います。


そのストレスで常にイライラしたり不安になったりして、それで家族に当たり散らしたり、身近な人のせいにして責任を押し付けたり…。



問題の根本に向かってトライせず、やっぱり自分の決断から逃げてばかり…です。



そんな「自分では何も決断できない人生」を、もう嫌だ!変えたい!と思うのか?それとも、不平不満が溜まってイライラするけどそのまま続投するのか?


これも、やっぱり突き詰めれば、自己選択肢&自己決断なんですよ(笑)。



だから、どこまでいっても、何をしてても、常に自己選択&自己決断です。


人生は自己選択と自己決断の永遠のループですわ!(笑)

だから、逃げられないのです。
逃げれば逃げるほど、飛んどん大変な状況に陥るから、だから早く気づいて改善させることが大事なのです。






ちなみに


本来はね、何でも自分で自由に決められるのです。



自分の心のままに、自分で決めていいんですよ。


自分がいいと思うことを自由に選んでそれを自由に実行していけばいい…。それだけのことです。


そのためには、毎日の暮らしのなかで意識的に「自分で選ぶ」「自分で決断する」「決断したことを実行する」を繰り返し繰り返し実践すればいいのです。

失敗しても、ガセを掴んじゃっても、それらもすべて自己責任のもと、楽しい体験にして、どんどん異論なことを経験していけばいいのです。


朝、何時に起きるのか?

珈琲にするのか?紅茶にするのか?

何を食べよう?

何を着ようかな?

どのルートで行こう?

どれを買おうかな?


これらのすべて↑が自己選択、自己決断。


この実践を毎日コツコツ根気に取り組んでいくことで、自分の決断力の土台ができて、鍛えられ、精度が増して、感度が良くなっていくのです。


なにもしないで、即、決断力がバッチリになることなんてありませんよ〜。


こうした能力も、日々の鍛練の賜物なのです。




『灯台もと暗し』という言葉があります。



自分より遠くにある目標に自分を到達させたいのなら、まずは今いる場所から「一歩踏み出す」。←これ大事です。



継続は力なり

ローマは一日にして成らず

3里の道も1歩から



…という『ことわざ』がありますが、ホントその通りなんですよ。


案外、じぶんに身近なところでの小さな変革と実践の継続、これをやらない人が多いんですよ(笑)。


自分の足元を蔑(ないがし)ろにしている。…ということです。



だからね、自分の足元にある小さなこと、もっと大事にしてください。

その一つ一つを丁寧に扱い、大事にしていくのです。



小さな問題も誠実に向き合い、必ず解決させて、次へ向かってください。


中途半端に終わらせて、問題を先送りするのではなく、その場で解決させて、スッキリしてから次のことに取りかかってください。


その連続、その繰り返し、その積み重ねが、未来の自分を築いていくのです。


日々の小さなことでも、できるところから、きちんと向き合って対処して解決させて乗り越えていく。


これを心がけてください。

それによって、だんだん力がつき、感度が高まって、何かの時に大きな力を発揮できるようになりますから、ね。


大きな目標を達成させたいのなら、今いる場所から一歩ずつ前へ前進していくことです。


小さな歩みでも、未来への大きな一歩になります。


だから、諦めないでね。

コツコツ継続して、自分を目標の場所に導いてあげてください。


あなたの努力と取り組みで、確実にあなたを目標の場所に辿り着かせてあげてくださいね。


私もがんばります(笑)。


みなさんも頑張って下さい。

2 042


マックス・コッパさんのセッションを受けてから、ちょうど2週間が経ちました。



コッパさんに勧められたので、(アナログ人間でド素人なのにも関わらず・汗)、無料でホームページが作れるツールを利用して、自分のホームページを自力でコツコツ作っています。



パソコンのことなんて全く勉強していなくて、専門用語も基礎的なことも何も知らないのに、ましてや「ホームページ」なんてさっぱり分からないんだけど(汗)、なんとな~くネット検索して「素人でもできる無料ホームページ作成」の存在を知り、なんとな~くそこに登録して、よくわからんけどドメインも取得して、何となく直感でコツコツ取り組んでいます。




こういう時に、「直感力」は大いに役に立ちます(笑)。



ホームページって、ブログとは大違いで、使い勝手がさっぱり分からず、最初はチンプンカンプンだったんですよ。勿論、今もだけど・・・(^_^;)。

最初は、「とんでもないことに首を突っ込んでしまった」・・・と激しく後悔したけど(笑)、でも悪戦苦闘しているうちに、だんだんと形になってきました。



なんたって無料なんだし、やっぱりダメなら削除すればいいんだし、新しいことにチャレンジして面白いことを体験しているんだと思って、ポジティブに受け止めることにしました。


なので、今は「好奇心」満載で取り組んでいます(笑)。


3月には公開できるといいなぁ~と思っています。





ところで、正直なことを言うと・・・


本当は、誰かパソコンが得意な人に教えてもらって、できればその人に全部やってもらって、自分は楽こいてみようと企(たくら)んでいたんですよ(汗)。


そういう人が出てこないかなぁ~と、密かに願っていたりしました。


ところが、ふと、「でも、自分のコンセプトとかよくわからんのに、人に偉そうに頼むのも何か恥ずかしいよなぁ~」と思い、ダメ元で、物は試しに・・・と、ちょこっと自分でやってみることにしたのです。


そうしたら、なんか分からんけど、分からんなりに頑張っていたら、なんとなく形になっていくのです。


これには自分でもビックリです。


必要な事ならば、なんの知識も経験も無くても、ちゃんと道が開けていくもんなんだなぁ~と、我ながら関心しましたよ(笑)。



自分には無理だと閉じてしまわないで、ちゃんと扉を開けてオープンにして、何事も先入観なく入って行き取り掛かってみる・・・。これ、大事だなぁ~と思いました。





ちなみに、今回、ホームページ作りをしてみて、しみじみ感じたのは、



自分のこと自分がやりたいことを明確にすることの必要性


・・・です。



ブログは日記の延長みたいなものだから、ポーとしてても何でも自由に気楽に書けるけど、ホームページとなると、そこに「私はこういう人間で、これをやっています!」とハッキリ明言する必要が出てくるわけです。



ボンヤリと無責任に生きてきた人間には、これって本当に覚悟が要ることなんですよね・・・汗。



「自分を明確にする」


これ↑の大切さを、自分がホームページを作ってみることで、強く実感したのでした。



ある意味、「高らかに自分の存在を明文化して宣言し、社会にデビューする」・・・その儀式みたいなものだなぁ~と思いました。



ところで、私が今、とっても悪戦苦闘しているのは、その無料ホームページ作成のツールの使い方がイマイチ習得できていない不便さもあるんだけど、それ以上に、このホームページで「自分は何者であるのか?」「何をするのか?」「何が提供できるのか?」をどう書いて説明しようか・・・?←ここで悩んでしまうんです。


今まで、何となくやってきたことでも、それを言葉で形に表して、さらに「看板」にしようと思うと、どう明確化すればいいのか?で、ちょっと迷いが出てしまうんですよね。



「使い勝手」云々の前に、ホームページに記載する説明文の内容について、「何を書けばいいんだろう?」と、←そこで悶絶して悩んでいる・・・。という情けない状態なのです(汗)。



心に浮かんだことをブロクに書き綴っていくことは、苦なくできて得意で好きだけど、自分が何者であるかを説明するところでは、言葉が全く出てこなくなり、行き詰ってしまう・・・、と言う訳です。


つまり、自分のことを「私はこういう人間です」と自ら断言してしまい、それをオープンに人前にさらしていくことの怖さというか・・・。逃げ場のないところに自分を追い込んでしまうような感じがして、自分自身に対する「責任感」の重さを、ヒシヒシと感じてしまうのです。



要は、「言い訳がきかない世界を自ら作る」ということ。このイメージなんですわ。



ここ↑で思わず立ち止まり、ビビって躊躇している私・・・。
というか、分からないのです。正直、どう書いていいか分からない。



ある意味、一つ一つの文に「覚悟と決意」が要る訳です。そんな覚悟を決めて踏み出すだけのものを私は持っているのだろうか?・・・と、ちょっと不安になるのです。



ここで、「おいおい、どんだけビビりなんやっ!」・・・と、自分に思わず突っ込みを入れて、呆れてしまいましたよ~(-_-;)。





ホントね、今回のホームページ作りは、いい意味で、自分を客観的に知る良いチャンスとなりました。




コッパさんが教えてくれなければ、私は相変わらず自分でも自覚が無いまま、フラフラした状態のままで、今の仕事を続けていたかもしれません。



あとは「自信をもって自分を押す」←ここだけのことなんです。
ここの一押しが、今回のホームページだったんですよ、きっと。




今は、自分自身のことについてハッキリ説明して断言できない「曖昧さ」がたくさんあるけど、でも、私は50年近く今世を生きてきて、ちゃんと知識と経験は蓄積されているし、それなりに成長もしてきたのです。


だから、何もないわけではなく、無力で無能なわけでもなく、ただ、自分の能力や過去の経験や知識を、一つ一つ整理して・統合して・価値づけて・自分の財産として自覚する、という作業をしていないだけ・・・なんだと思います。



なので、これを機に、それらをちゃんと整理して、バラバラになっているものは統合して系統化していき、自分の価値を自覚して、それらを言葉で表現できるようにしておくことが大切なのだと思いました。



この取り組みが、自分という人間が今世で積み重ねてきた「人生のキャリア」をプラスに認めて受容していくことにつながるのだな・・・と思いました。それが、自分に自信を持つこと通じるのでしょうね・・・。


自分の今までの人生の履歴をちゃんと価値づけて、それも「自分の強みにしていく」ということです。


曖昧だったものを、明確にして整理していく。自分を認めて受け入れて、自分に自信を持ち、自分を誇りに思う。




これらに気付かせるために、「自分で頑張ってホームページを作る」という体験が必要だったのかもしれないなぁ~と思いました。




ただ、ダラダラとブログを書いているだけではダメなんだ、ということを、コッパさんからまた教えてもらった気がします。


プロとして仕事をしていくのなら、ちゃんと自分を明確にして、明確に打ち出して確立した「自分」を堂々と社会に発信して売り出していく・・・。



そのためのビジネスツールなんだな・・・ホームページって。・・・と、改めて学んだのでした。







実は、新月のお願いで、「私のことをプロデュースしてくれる人が欲しい」と宇宙にお願いしたのですが、まさにその方とは、マックス・コッパさんでした(汗)。



宇宙ってスゴイや~としみじみ思ったのでした。




【追記】
ブログとホームページの違いって、恋愛と結婚の違いみたいだな〜と、今日も作業をしながらシミジミ実感しました。



いつでも別れられる身軽さがつきまとう恋人の関係が『ブログ』だとすると、いよいよ籍を入れて夫婦になるぞー!と腹をくくって結婚の覚悟を決めるのが『ホームページ開設』。←こんな感じかな(笑)。




でも、いざ「籍入れて家庭を持つ!」と決めたら、所帯持ちの既婚者しか味わえない世界が広がっていて、責任はあるけど「結構、面白いかも!?」とその良さを実感してくる…みたいな、ね( ̄▽ ̄)。←なんかそんな感じなのです、今の私の気持ち。



怖かったけど、案外、こちら側の世界は、自分の立場をはっきり明言して打ち出しているから、コソコソする必要はないし、堂々としていられるから(開き直りとも言う)、さっぱりしてて楽しいかも〜です。


へー、これも意外な発見でした。

たかがホームページかもしれないけど、いろんな気持ちが味わえて、いろんな体験ができて、本当に面白いですわ〜。


それに、ブログでセッションやリーディングのお知らせをしたり、募集するよりも、ホームページの方が通知しやすく楽にできそうな感じもします。


とりあえず、近々、ここでご紹介して公開できるよう、頑張りたいと思います。

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実は、東京旅に行く直前、地元でひっそりと『スピ会』という名の飲み会を開きました。



今年になってから、隠さずスピ全開で生きていこうと勇気をだしたところ、急に地元でスピリチュアル系の会を開く話がトントン拍子に決まったのです。


で、男女合わせて8人の大人たちが集まり、ひっそりとスピ話をしたというわけです。


実は、もともと私の友だちだった人が、数年前に「実はスピ系だった!」ことがわかり(興味があるレベルじゃなくて、それで仕事ができるレベルw)、その他にも、他の友達もスピの話が対等にできる人だったことがわかり、「今度、みんなで集まって、皆で気兼ね無く、腹一杯、スピを語りたいね!」ということになったのです。


多分ね、私と似たような人、結構多いと思うんですよ。


サイキックだったり、スピリチュアルの能力があるのに、コテコテの昭和時代を生き抜くなかで、自分を隠す癖がついちゃった人が…ね。


好奇の目に晒されたり、物珍しがられてイジられるのか嫌で、じーーーーと「本当の自分」を隠して隠れて生きてきた人。

「本当の自分」を封印し続けていくうちに、自分に自信を失って、自分を見失ってしまった人とか、ね。



こういう人が、私の他にも、たくさん居ると思うのです。




それにね、今でこそスピリチュアルなことは珍しくなくなったけど、少し前までは、自分が感じたことや見えたことを人に話しても、皆の反応が、その話にドン引きするとか、信じてくれないとか、怪しくて危険な奴だとレッテル貼るとか、キチガ○だと相手にしないとか、完全拒否して拒絶するとか、周囲に面白おかしく吹聴して回るとか…等。




身内や家族、信頼していた友人からも、こんな反応↑をされてしまうんだから、そりゃ傷ついて自分を封印しちゃいますって〜(-_-;)。



こういう状態↑に、長いことずーーーと晒され続けてきたわけですよ、我々はね。LGBTと同じ。少数派だったんです。


「常識」という名の固定観念でジャッジされて、イロモノ扱いされて、信じてもらえず、変人扱いされることが多かったのです。




だから、この世で無難に生きていくためには、絶対にスピ話を他でしてはいけない…。

不思議なことも封印して、普通の人っぽく生きる…。


そう肝に命じて生きてきたのです。



周りの人たちが正しくて、自分の方が変でおかしいんだと思い込んでいたんですよ。


そう刷り込まれて育ってきたわけですよ…。




ところが、最近では「龍が見える」とか「神様と話ができる」という人が普通に出てきて、スピリチュアルがタブーじゃなくなってきたような気がします。


それでね、私も、勇気をだして隠すのを止めようと思いました。自分の感性や直感を一般社会のなかでも憶さず普通に出して、解禁にしようと思いました。



夫や子供、そして一部のごく少数の信頼できる友達の前だけで出してきたけど、世間一般の人の前でもオープンにしていこうと思ったのです。
でも、最初はやっぱりビビるので少しずつ小出しにしてるけど…(笑)。



もういいわ!変な人と思われても、そう感じちゃうんだし、わかっちゃうんだし、聞こえちゃうんだし、どんどん言葉が自然と出ちゃうんだから、もう仕方がない!

…と、開き直った訳ですよ(汗)。


開き直って、自分のなかで塞(せ)き止めることを止めたのです。



やめて垂れ流しにしました(笑)。



そうしたら、とっても楽なんですよ!これが本来の私だから、楽チンだし、面白いし、楽しいんです。



恐る恐る出してはいるけど、今のところはお陰さまで、変な人扱いされず(笑)、受容してもらったり、羨ましがる人までいました。(←これには正直ビックリ(*_*)!)。




そんななか…


以前からやりたいなぁ〜と考えていたスピ会のことを、唯一、スピ話ができる地元の数少ない友人に話したところ、「やろう!やろう!やりたーーーい!」と言われ、それでサクサクっと決まったわけです。


こうして集まった男女8人。
(普通、スピといえば女性ばかりのイメージだけど、ありがたいことに男性も参加してくださいました)


友達の親戚という人も来てくださり(←この人もスピ能力が開いている人だった!)、初対面の人もすっかり打ち解けて、周囲に気兼ねなくコアな話をしまくって、おおいに盛り上がりました。


こんなに、オープンにスピの話ができたのは初めてかもです(笑)。



みんな、それぞれに自分の能力を発揮しまくりで、リーディングあり、チャネリングあり、とても楽しい会となりました。


そして、これからは定期的にスピ会を開こう!という話になりました。



地元でまさかこんな会が開けるとは…。本当に夢のようです。




次回のスピ会までに、今回の会のなかで各自が気づいた『自分の課題』にコツコツ取り組み、次の回では、その取り組みの成果を報告し合うことになりました。


私も、第1回のスピ会で、いろいろな気付きを得たので、次の会までに少しでも前進できるよう、頑張っていこうと思いました。


こういう実践の仲間が身近にいる!ってのも、私の夢だったのですよ〜。


仲間がいるから、頑張れる。前進できる。諦めず取り組むことができる。


本当に嬉しいです。



そして、今年の私は対面セッションを主にやっていくつもりですが、私のようにスピのことを語り合いたいけど身近に話せる人がいない〜!という方には、セッションの時間、あなたと私の2人でプチ・スピ会をしますよ〜
\(^_^)(^_^)/。



遠慮なく自分の能力全開で見えない世界を語り尽くせるって、とっても気持ちよくて楽しいですよ(笑)。


私があなたのお話を受け止めますから(相撲のぶつかり稽古みたいだけど(^^;!)、私の胸をお貸ししますので、どうぞご自分のスピのことを話してくださいませ。


小人が見えるとか、木と話ができるとか、オーラがわかるとか、ヒーリングができるとか、過去世がわかるとか、エンパスだとか、宇宙人と会ったことがあるとか、スプーンが曲げられるとか、等々。(笑)


今まで息をひそめて隠してきたけど、実は私ってこんなことができるんです!こんな不思議なことがありました!ということを、ちゃんと聞いてほしい、受け止めてほしい、受容してほしい、コアな話がしたい…という方がいらっしゃれば、私があなたのお話を全肯定で聞かせていただくので、ぜひ、私に会いに来てくださいね。



ちなみに、最近、私が興味あるのは、


・小人が見える人
・宇宙人とコンタクトが取れる



という方です(笑)。
↑これは私にはないので、もう興味津々ですよ〜。




これ以外の能力(特技?)をお持ちのかたも、もちろんOKです。


組織に縛られることなく、自由に情報交換や交流ができるスピ系のネットワークがあるといいな〜と思っていたんですよ。




でも、ユーレイが見えるとか、悪霊を除霊するとか、憑依されたとか、そういう波動の低いオカルトちっくなのはNGなので(^_^;)、どろどろした低階層系の人はご遠慮くださいませ(汗)。






もちろん、普通のご相談もお受けします。


私に聞きてほしいことがある方、私から聞きたいことがある方、私にご自分のことを相談したい方も、ぜひ、私に会いに来てください。










私の場合、隠さずスピリチュアル全開で生きることが、「本当の私」だったんですよ〜。


それにね、コッパさんのセッションを通して気づかされました。


まだまだバンジーを飛ぶような覚悟はいるけど( ̄▽ ̄;)、もう50になるんだし(汗)、いつまでもカマトトぶるのは止めて腹をくくって、自分に自信をもって堂々と生きたいと思います。



自分を認めて、自分にOKをだして、自分を許す。許して自分をどんどん出していく…ということです。



それが、私の場合は「スピリチュアル」だったってこと。




それに気づくことができた東京旅でした。

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