なんとかなるさ~

Emiko/記録の保存庫

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(出雲大社の縁結び絵馬)


初めての出雲大社。

以前から「是非行ってみたい」と思っていましたが、ようやく念願が叶いました。


それにしても・・・・デカいです。


参道が長くて広い・・・。なんとも広大なのです。

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こんな感じで参道が続きます。

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次に、松の木がたくさん植えられている「松の参道」に出てきました。

この右手には、こんな感じ↓で広大な芝生の広場がありました。

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奥に見えるのは、亀山でしょうか・・・。この山々も神様が宿る山なのでしょう。

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こうして参道を通り抜けて、ようやく拝殿の前に辿り着きました。


ここ出雲大社は、「二礼四拍一礼」が正しい作法。この「四拍」は、確か昨年訪れた「宇佐神宮」でも同様でした。


それにしても、ここはオール日本人。外国人観光客の姿を全く見かけません・・・。


そういえば、出雲に到着してからは、どこへ行っても日本人しか見ていない・・・ということに気が付きました。


宿泊したホテルも、朝食会場やフロントでは日本人しかいなかった・・・。


こんな風に、オール日本人の場所は本当に久しぶりで、逆にビックリでした(笑)。

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これが有名な注連縄(しめなわ)。


これだけ大きなものを編むのに、どれほどの藁が必要な事か・・・。

毎年、氏神様の注連縄作りに参加している夫は、「これはスゴイ・・・」と感心していました。

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拝殿の左横では、おみくじや御守りを販売している所がありました。

早速、窓口へ行って、我が子の為に良縁祈願の「縁結び絵馬」を購入。「どうか良縁に恵まれますように」と子供の名前を書いて奉納しました。

ちなみに我が子はまだ大学生・・・。
でも、幼い頃から不思議と「結婚願望」が強い子で、今から「婚活」と言っているので(笑)、ちょうど良かったです。

「まだ早い!」と突っ込まれそうですが(笑)、いやいや、こういうことは早いうちに手を打っておかないと・・・。←と、知り合いの結婚相談員をしているオジサンに言われたことがあったので、参拝記念に神様にお願いしました。


これで良し。
あとは神様にお任せしましょう・・・。
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こちらが御本殿です。これは八足門(やつあしもん)。

なんと立派な建物なのでしょう。

60年に一度の遷宮を終えた後なので、門の奥の御本殿はとても美しく、荘厳な雰囲気。

元は、国造りを始められた大国主命(おおくにぬしのみこと)さまの御住居だったそうですが、とても大きくて、強大なエネルギーを感じました。

この出雲大社の土地全体が、かなり強力なエネルギーなのです。

このエネルギーが、日本国全体を包み込み、日本を強力に護ってくださっている・・・そんな感じを受けました。

それも、どすの利いた迫力あるエネルギー。家庭で例えると、「一家の家長」として、家族と住居を外敵から「命がけ」で守っている・・・太刀でバッサリと外敵を切り倒してでも、また、その闘いがきっかけで自分の命が絶えたとしても、それで大切なものを守り抜けたのなら、それが本望・・・と思えるくらい、潔く腹をくくった時の無敵のエネルギー・・・。←それをひしひしと感じました。

でも、その一方で、一家のお父さんのように、家族を慈しみ、子供たちを愛して、家族の精神的支柱として、愛を燦々と降り注ぎながら、一家の大黒柱として家を守っている・・・。決して流されることは無く、常に「道理」と「節度」大切にし、心に一本の筋をしっかり通しながら、決してぶれることなく、正しい方向へと真っ直ぐに家族を導いていく聡明さ・・・。←そんな懐の広い「大きな父性の愛」も感じるのです。


ああ・・・これが日本男子の父性。これが日本の男の真の姿なのだなぁ~。と思ったのでした。

いつもは穏やかで優しくて愛情深いお父さんなんだけど、怒らせたらマジで怖い・・・。そんな男性特有の「ドスの利いた凄み」もビンビンと感じました。大物と呼ばれるスゴい人物が発するエネルギー。←それの最高峰・・・こんな感じです。(説明が難しい・・・笑)


出雲大社の、このドデカくて、強大で、凄まじい様子に、思いっきり圧倒された夫は、「自分はここまで強くなれない・・・。マジで怖いモノは怖いし。ここまでデーンと床柱のように鎮座して、命をかけても「大切なもの」を守り抜く、そういう覚悟が自分にはまだ無い・・・」と、しょんぼりしてしまいました(笑)。

よく世間で、男性が、自分よりはるかに上を行く「男の中の男」と出会って、自分の未熟さや弱さを痛感してショックを受けることが多々ありますが、それと同じ状態に、夫は陥っていました(笑)。


確かになぁ・・・。大国主命と自分を比べたら、そりぁ、大国主命の方が上でしょう(笑)。


でも、この出雲大社を訪れたことで、自分の精神的支柱を見つめ直し、自分の心の芯に「ぶれ」や「弱さ」があることを痛感したようでした。

出雲大社は男の神様だからかな??夫は、同じ男性同士、なにか通じ合い、感じ合うものがあったようです。


私も確かに、この出雲大社のスケールの大きさや壮大さに度肝を抜かれ、思いっきり圧倒されましたが、その時、自分の中に在る「男性的な部分」が大いに刺激を受けたような・・・そんな感じがしました。



自分の中の「男前な部分」が刺激を受けて、「もっと精神的に強くなって、さらに自分の心の芯を鍛え直さなくてはっ!」と、そんな気分になりました。

今までの自分の中に在った「ブレブレで弱いところ」がスパッと斬られて、「しっかりしいやー」と尻を叩かれたような・・・そんな気分になりました。と同時に、「もっと男性的な部分を鍛え直して、更に強くたくましくなっても良いんだ~」と、なんだか許可をいただいたような・・・そんな気分にもなりました。

そうです。出雲の神様を思い浮かべて、ここを目標に自分を高めていけばいいのです・・・。

そうすれば間違いはない。それを、この出雲大社で悟ったのでした。

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おみくじを括(くく)りつける所。私たちも引きましたが、ここに括らず、持って帰りました。

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横から見える御本殿。


この後、御本殿の裏手にある宝物殿を見学させていただきました。

この宝物殿の受付の女性も、とても良い方で、明るくてサッパリとしていて、いろいろお話をしてくださいました。

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宝物殿の入り口に置かれていた「野見宿禰」の像。お相撲さんのもとになった御方です。


「この像と写真を撮ると、病気が逃げていって元気になりますよー!是非、撮ってくださいねー」と女性に言われて、では・・・と早速、撮らせていただきました。

こんな感じで、ぐるりと境内を散策し、お参りをして、とても有意義な時間を過ごしたのでした・・・。

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大国主命と白兎の像。

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これは、大国主命が「幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)」を授けられて、縁結びの神様になられた神話の一場面。

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後から見ると、こんな感じです↑。

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白い椿の花。


それにしても、初めて訪れた出雲大社は、私たちのキャパをはるかに超えた、立派で壮大で、力強く、とても美しいところでした。


・・・というより出雲全体が、力強くて美しくて聡明な所でした。



大社を出て、次に、古代出雲歴史博物館を見学しました。


時間がなくて、特別展は見逃してしまったのですが、この出雲地方で主に出土された銅鐸や剣など、国宝級のものがザクザクと展示されていて、ここでもその迫力に圧倒されました。


ただただ感動・・・でした。


さて、時間を確認すると、あと一時間ほどしか時間がありません。


それでは最後の〆に・・・。

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出雲そば。

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更に、ぜんざい。

出雲が、ぜんざい発祥の地なんだそうです。


こうして出雲の旅は終わり、レンタカーショップへ戻ります。

途中、道路が混んでいたり、ガソリンの補充をしたり・・・でバタバタとしていて、「時間に間に合わないかも・・・」と心配しました。

ところが、レンタカーショップには、約束の時間の1分前に、無事に到着。


このピッタリ収まったところに、夫は「やっぱ俺たちは神様に呼ばれたんだ~。神様に導かれて、出雲を訪れたんだ~」と感じたようで、とても驚いていました。


さあ、出雲市駅にも時間通りに到着し、またまた「特急やくも」に乗り込みます。今度は日中なので車窓からの景色が楽しめました。

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何か見えてきました。
湖のようです。

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これが宍道湖。しじみで有名なところです。


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さよなら島根。今度は、もっとゆっくり訪れたいです・・・。


帰りの特急は、ほぼ満席状態でした。

岡山で新幹線に乗り換えて、新大阪へ向かいます。


一泊二日の出雲の旅・・・。結構、濃かったです。

出雲は、とっても濃厚な町でした。

そして、素敵な所でした。

旅を終えた今も、出雲のエネルギーを感じて、心が穏やに温かくなります。

また、いつか、是非、再訪したいなぁ・・・と思いました。

今度は、松江の方へも寄って行きたいなぁ・・・と思いました。


つづく




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(出雲大社にて。美しい菊の花。)

日御碕神社での参拝を終えて、次は、日御碕(ひのみさき)へと向かいました。

この岬は観光スポットなので、無料駐車場が完備されています。

車を停めて、お土産屋さんが軒を並べる道を抜けて、海へと向かいました。


ポーンと目に飛び込んできたのは、真っ白な灯台。

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「出雲日御碕灯台」と言うそうです。

いつもなら入場料が要るそうですが、今日は無料公開になっていました。

せっかくだから、ちょっと行ってみましょうか~。

海上保安庁り制服を着た男の人たちが、入り口のテントでパンフレットを配っていました。


中に入ると、入り口で靴を脱いで入るシステムになっていました。


靴箱に靴を入れて、番号札を持ち、らせん階段を上ります。


この灯台、明治30年代に建てられたそうです。


以後、海上保安庁の管轄になっている様子・・・。


明治時代の建築物。外国式の灯台を日本の技術によって建設した・・・とても貴重な建物なんだそうです。

それにしても・・・。階段が急すぎて怖いです・・・(^_^;)。


全部で6階まであり、その上が最上階の展望台になっていました。


ところが、この展望台までの階段が、狭いうえに、どこまでも延々と続いているように感じられて、足腰が疲れます。しかも、一段一段が高くて、手すりにしがみついて登らないと、本当に大変・・・。


一応、「下り優先」になっているので、上から降りてくる人がいれば、各階の踊り場で待っていなくてはいけません。人一人が通るのにやっとこさ~の階段です。

クタクタになりながら、なんとか登り切り、さぁ、展望台に出てみると、ものすごい高度・・・。高所恐怖症には、もう生きた心地がしない・・・そんな所でした。

私も足をガクガクさせながら、なんとか写真を撮影。

それが、この風景です↓。

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足元も狭いスペースで、油断したら真っ逆さまに落ちてしまいそうな・・・そんな怖い所でした。

夫も、「もうこれ以上、ここにはいられない・・・。怖いから、早く下りよう・・・。」と泣きそうな表情。

明治33年に出来たというこの灯台。よくぞ昔の人は、こんなに高い建物をコツコツと建設したものだ・・・と感心したのでした。

上りのときは、上だけを見つめてなんとか登りきったものの、今度は下り・・・となると、かなり怖かったです。

私は高所恐怖症なので、このらせん階段の隙間から見える下の様子で、もう生きた心地がしませんでした(泣)。

ハシゴを下りるように、そろそろと手すりにしがみついて下りていきました。


今までの人生の中で、一番怖かったのは、知恩院の三門の階段を下りたとき・・・でした(笑)。

2年前に訪れた京都で、ちょうど知恩院の三門が特別公開されていたので、三門の上階に上ったのです。

この時も、上りは良かったのですが、下りの階段では、あまりの急さに、本当に泣きたくなりました。

こうして、高い所が怖いビビりの私には、あの三門の階段は「二度と行ってはいけない」・・・恐怖の場所となりました(笑)。


しかし、今回のこの灯台のらせん階段は、その三門の恐怖をはるかに超える怖さでした・・・(TДT)。

私の中での「king of the 高所」は、この日御碕灯台に、この時、決定・・・(≡ω≡.)。


夫はそそくさと降りていきましたが、私は、心の中で真言を唱え(笑)、「足を滑らせたら、下まで真っ逆さまだよ~落ちたら死ぬよ~(/TДT)/~!」と思いつつ、へっぴり腰でガクガクしながら必死の思いで下りて行ったのでした・・・。


最後の数段を降り切ったときの、あの解放感・・・(・∀・)つ。


「生きて無事に戻れた・・・」と、安堵しました。


靴を履いて灯台を出ると、夫が、外で海上保安庁の制服を着たお兄さんたちと話していました。

灯台のことをいろいろと聞いている様子・・・。

私が無事に下りてきたのを見て、夫は「ありがとうございました。」と海上保安庁の人にお礼を言い、私のところに来ました。


「あの人たち、海猿かな~??カッコいいなぁ~」と夫。

日本の領海を守る海の男たち・・・。あの映画の伊藤英明君たちと違って、皆さん、穏やかで優しい表情の人たちでした。

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灯台から、更に歩いて、海へと出てみました。

お天気が悪くなり、雨が降りそうな雰囲気・・・。曇り空になってきました。


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岬の岸壁から望む灯台。

あの上部の柵があるところに、さっき登ってきたのです・・・。

灯台の展望台からは、「怖ーい」「ふぎゃー!」「キャー!」・・・等と、上った人たちの叫び声が響いていました(笑)。

結構、人の声って大きく響くものなんだなぁ・・・と思いました。(きっと展望台での私たちの「怖いよー!」という絶叫も、この岬一帯に響き渡っていたのでしょう・・・笑)


でも、怖かったけど、登ってみて良かった・・・。


なんだか、灯台に上る前と、登り切って下りてきた今とでは、自分の中で何かが大きく変化したような・・・そんな感じがしました。


何か不要なモノを、あの灯台の展望台で切り捨てて、パッと手放してきた・・・そんな感じがしていました。


こうして海の風景を楽しんだので、次はいよいよ「出雲大社」へと向かいます。

岬からは20~30分ほどでしょうか・・・。車で海沿いの道路を進み、先ほどの稲佐の浜で左折しました。

道の途中で、「出雲阿国のお墓」があるのを発見。でも、そこはスルーして、出雲大社の駐車場に向かいました。



町の中に入り、ずんずん進んで行くと、デーンと大きな国旗が目に飛び込んできました。


出雲大社です。出雲大社の国旗。

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これはスゴイ・・・。

あまりの迫力に、度肝を抜かれました。夫も同様だったようで、「こんなに大きな国旗、初めて見た・・・。すごいよなぁ~。さすが国造りの神様だよなぁ~。」と感心しまくりでした。


こんなに大きな国旗は、本当に生まれて初めて見ました。


「ここは日本国や~!どやっ!文句あるか!」と言っているような・・・。なんともドスの利いた威厳と迫力を感じました。


さすがです。もう「参った」としか言いようがない・・・。国造りの男神さまが祀られている神社の力強さを、この国旗でビンビンと感じました・・・。


駐車場から歩いて、正門ににあたる「勢溜の大鳥居」(せいだまりのおおとりい)へ向かいました。


ここまで来ると、観光客で賑やかです。


さあ・・・夢にまで見た出雲大社。いよいよ参拝です・・・。

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この先に、御本殿があります。それにしてもデカいです・・・。


デカくて広くて、なんとも壮大。


つづく



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(日御碕へ向かう湾岸道路にて。日本海を望む。)

須佐神社では、約一時間ほど滞在した私たち。


須佐神社の男神さま(素戔嗚尊「すさのおのみこと」)のエネルギーは、とても強力で強烈なのですが、でも、それと同時に、とてもクリアで清々しく爽やかで清浄・・・そんな「気」もビンビン感じました。


女神さまの神社だと、とても繊細で優しくて、そっと包み込んでくれる「母性」の温かさを感じ、なんとも女性らしい気が漂っているのですが、この須佐神社は、それとは異なる雰囲気でした。


これが、太古から引き継がれている、日本男児の「父性」なのかもしれないなぁ~と思いました。
そう、本当の「父性」、本来の「父性」・・・。


力強くて強烈なんだけど、サッパリと清々しく、ネチネチしたものはスパッと断ち切って、常に爽やか・・・。
そして潔い。

女性性とは真逆の「気」。


「陰」と「陽」・・・まさにこれだなぁ~と思いました。


「女」と「男」。「母性」と「父性」。「男性性」と「女性性」。そして「陰」と「陽」・・・。

これは肉体の「性別」で表されることでもあり、また、個々の心のこととして、「陰」と「陽」は人間の魂の中に、それぞれ含まれている要素だと私は思います。

人間なら、心の中に「男性的なもの」も「女性的なもの」も両方含まれていて、そのバランスによって、性格や気質が決まってくるのではないか・・・と、そんな気がするのです。

でも、肉体の「性別」は、とても大きな区別であり、性の違いによって、今世で歩むべき人生も大きく異なっていきます。社会的性差がどうしてもあるので、ここは「仕方がない」と割り切って、その上で、「男」であるなら、今世は「男」として生きて、「男」としての体験を得ていくことが、今世の人生の目的であり、「女」の身体で生まれたのなら、今世は「女」として生きて、「女」としての体験を得ていく・・・。

そんな「割り切り」も時として必要です。

長い魂の歴史を考えれば、過去世の経験で足りない部分を補うために、性差による体験の違いも必要なことで、だから「肉体の性別」が存在するのだと思います。

魂の成長の過程で、経験値のバランスを取るために・・・。足りない部分を補うために、今世では「女の体験」が必要だ・・・という人は、女の肉体を得て生まれてくるのでしょうし、「男として生きる経験」が必要な人は、男の肉体を得て生まれてくる・・・。ただそれだけのことだと思うのです。

なかには性同一性障害の人や、性的少数者の人もいますが、その場合は、また一般的な場合とは別の「魂の経験」が必要なケースなので、そうした人たちの人生もまた、ちゃんと尊重していくことが必要だと思います。


ジェンダーの話は更に奥が深くなるので、この辺りで止めておきますが、一般的には、せっかく男に生まれたのなら「男として生きる人生」を全うした方が良いだろうし、女として生まれたのなら「女として生きる経験」を肯定的に受け止めたほうが、とても気分的に楽だと感じるのです。

流れに逆らわないで、流れに乗って、自分の流れをプラスに受け止めて、それを笑い飛ばせるような・・・。デリケートなことだからこそ、逆に、たくましく受け入れて、乗り越えていくことが大切だと思います。

つまりは、女性として生まれて「結婚して花嫁さんになりたい」と思うのなら、流れに逆らわず、結婚すればいいんだし、男性として生まれて「もっと肉体を鍛えて強い男になりたい」と思うのなら、流れに逆らわず、自分を鍛えて、「オトコの中の男」を目指せばいいんだし・・・。

自分らしさの中に含まれている「男らしさ」「女らしさ」も、ちゃんと受け止めて、認めていくことです。

心だけでなく、肉体の特徴も、ちゃんと「自分らしさけの中にカウントして、受容して、肯定していくことです。
(特に女子は、婦人科系のトラブルや社会的立場などから、女性であることを否定しがちだけど、でも、女に生まれたのなら、女であることをもっと楽しんで、明るく受け入れていくことだと思います。)

それぞれが、自分の肉体の「性」と向き合い、心や魂の中にある「陰」と「陽」を知り、上手にバランスを取りながら、性別で異なる「人生の経験」を賢く受け止めて、明るく生きていけば良い・・・と思うのです。


そうです、「陰」も「陽」も必要なもの、とても大事なものです。等しく同等に尊ぶべきものです。

「陽」だけでもダメで、「陰」だけでも成り立たない・・・。

「陽」と「陰」の両方があって、それらが同等になったとき、バランスが保たれて「調和」が訪れる・・・そんな感じだなぁ~と・・・。


「陰」も「陽」も、どちらも重要で大切なものなのですが、でも、それぞれに足りない部分や欠けているところもあって、だから足りない部分を補うために、「陽」と「陰」が仲よく手を取り合い、助け合っていくことが大切なのだなぁ・・・と。

「陰」と「陽」が一致して、初めて「完成された形」になるのではないか・・・そんな気がします。


そう考えたとき、「だからイザナギとイザナミ、夫婦の神様が国の始まりに登場するのだなぁ~」と思ったのでした。

男性性の「陽」と、女性性の「陰」。この両者が仲よく助け合い、共にお互いの良さを発揮し合うことで、国土が生まれ、神々が生まれたのだなぁ・・・と。


だから、「男」と「女」が一対となる「夫婦」という関係は、実はある意味、とても大事なモノなのだ・・・と思いました。


性の違いから異なるエネルギーを発している男性と女性が、仲よく協力し合い「家庭」を築いて栄えていくこと。


そのために、よく話し合い、心を分かち合って相手のことを思いやり、共に自分の良さや能力を発揮し合って、「家庭」という国が幸福に栄えていくように努力していくこと。


この「栄える」とは、金銭面での豊かさだけではなく、家族一人一人が、それぞれに心豊かに穏やかに過ごせる環境であるかどうか・・・。一人で苦労を背負うのではなく、苦労も分かち合って、皆で助け合って「愛」のある環境を築いているか否か・・・。これだと思いました。


「家庭」を持つことで、自分もパートナーもお互いに心豊かに成長していけること・・・。これが「結婚」の意義だなぁ~と。


幸せは、パートナーに運んでもらうのではなく、自分も「幸せな環境づくり」に参加して、お城の石垣の石積みのようにコツコツと積み重ねて築いていくものなのだ~と思いました。


・・・とまぁ、こんなことをふと感じました。


さてさて、須佐神社での参拝を終えて、私たちはレンタカーに乗り込み、今度は海へと向かいました。

夫が立ててくれたスケジュールによると、次は、「稲佐の浜」と「日御碕(ひのみさき)神社」へ向かうようです。


私も、今回の旅では、どうしても「海が見たい」と思っていたので、とても嬉しいコースです。


山の中の道を戻り、市街地に入って、さらに海岸へと向かい車を走らせていると、ようやく海が見えてきました。

そこから更に進んで、ようやく辿り着きました・・・。

ここが稲佐の浜です。
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駐車場が空いていたので、そこに停めて、砂浜に降り立ちました。


とても美しい砂浜です。


なんと清々しい場所なのでしょう・・・。清らかで心が洗われます。


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大岩には祠が祀られていました。


そういえば旧暦の10月は、全国的には「神無月」なのですが、出雲は「神在月」でした。


この浜から、全国の神様がお上がりになられ、出雲に入られるそうです。
出雲の神在月の神事については下↓をご覧ください。

神在月について(出雲観光ガイドより)

それにしても、伊勢の海とはまた異なり、本当に穏やかで温かで静かで清々しい海です。

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神様の海。なんと美しいのでしょう・・・。

波打ち際まで行き、海水にそっと触れてみました。

温かくて優しい海水でした。

キラキラと輝く水面を眺めて、その美しさに心打たれました。


もうすぐ(数日後)、この浜にたくさんの神様がいらっしゃるのです。

神様の海は、光り輝く穏やかで聡明な海でした・・・。



名残惜しいけど、車に乗り込み、日御碕(ひのみさき)へ向かいます。

ずっと海岸線を走りつづけました。

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つがいの海鳥が飛んでいる空。

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美しい日本海。

稲佐の浜から車で15分ほどで、日御碕神社に到着しました。

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朱塗りの楼門。竜宮城みたいです。

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この下の宮には、天照大御神さまが祀られています。
(この立派な松・・・。すんばらしい~枝っぷりです。)


この右横に、上の宮があり、そこらは素戔嗚尊(すさのおのみこと)さまが祀られていました。

ちょうど、この時、この上の宮で国家安寧の神事(お祭り)が執り行われていて、宮司さんたちが儀式の真っ最中でしたので、やはりここはひかえて、上の宮の写真は撮りませんでした。

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上の宮から下の宮を眺める・・・。

この屋根が素晴らしいです。檜皮葺の屋根・・・美しく葺き替えられています。

夫と「これだけの規模のものを、ここまで美しくきれいに管理してやっていくのは、とても大変なことだろうなぁ・・・。近所の様子を見ても、小さな町だし、氏子がたくさんいる訳でもなさそうだし、守っていくのは相当大変なことだろうなぁ・・・」と話しました。

参拝の後、下の宮の横にある社務所で夫は御朱印帳を書いていただいたのですが、その時、受付の女性(年配の一般の女性です)といろいろと話をしました。


受付の女性曰く、この神社は、国の重要文化財に指定されていて、そのおかけで、屋根の吹き替えなど護持のための費用を出してもらっているとのこと・・・。

そうでなければ、これだけの規模のものを、地元の氏子の人たちだけでお金を出しあって管理していくことは、とても大変だと思いました。

私たちは、この神社の屋根の素晴らしさと美しさについて、思いっきり褒め称えました。

本当に素晴らしい・・・と思ったからです。

これだけ立派な建築物と桧皮葺の屋根を美しく維持管理しつづけることは、並大抵のことではない・・・と心からそう感じたからです。

すると、受付の女性は、そうなんです・・・と、いろいろ話してくださいました。

最後に、また須佐神社のときのように、この女性から「どちらからいらしたのですか?」と尋ねられたので、「岐阜県です。飛騨高山です。」と答えたら、またまた「それはそれは、遠い所からはるばるおいでくださって、ありがとうございます。」と、大変ビックリされました。

女性は、岐阜県のことをご存じのようで、刃物で有名な関市へ行かれたことがあるようでした。


そして、出雲大社までは多くの人が訪れるのですが、この日御碕神社まで参拝に訪れる人は、なかなか無いそうで、こうしてわざわざ参拝に訪れたことを、とても喜んでくださいました。


この女性も、先ほどの須佐神社の受付の女性と同様、とても徳のある温かい人だ・・・と感じました。


特別なことを話したわけではないのですが、会話を交わしているだけで、その人の魂が発する「徳」を感じとりました。

とても感じのいい、サッパリと明るい素敵な方でした。

後に、夫と「出雲では、いい人ばかりと出会っているね・・・」と話しました。

聡明で、智慧(ちえ)と徳のある人・・・。

特別な修行をしているわけでもなく、スピリチュアルなこととも無縁で、ただたた普通の市井の人なのですが、生まれたときから、神仏の教えを日々の暮らしの中で実践している環境の中で育ってきて、こうして今まで生きてきたからこそ、普通に暮らしていることが「心を磨く修行」となり、普通に生きているだけで「徳積み」をしている・・・。そんな人々です。

心と魂に、自然と「心を磨き、徳を積む」ということが染み込んでいる・・・そういう感じです。


旅先で、そういう徳積みの人と出会うことはとても珍しいのですが、今回の出雲では、そういう人ばかりと遭遇して、この町の地力の高さを感じました。


神様の国は、人をも育てているのです・・・。
つづく

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