なんとかなるさ~

Emiko/記録の保存庫

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(ひこにゃん)

多賀大社も参拝し、一応、すべての目的は果たしたものの、もう一つ寄って行かない?・・・・ということで、お隣の彦根市に行ってみました。


そうです。彦根と言えば「彦根城」。彦根城と言えば「ひこにゃん」。


以前から、名神を通るたびに、彦根城が気になっていたのですよ~(笑)。

あの「ゆるキャラブーム」のきっかけとなった「ひこにゃん」に一度会ってみたい・・・と思いました。


そこで、一路、彦根市へと向かいます。

市街地に入っていくと、何やら賑やか・・・なにかイベントをやっている様子。


なんだろう??と思いつつ、車を彦根城に走らせていくと、どうやら彦根城で大きなイベントが開催されるようです。沿道の看板を見ると、「彦根城まつり」だそうです。

お城近くの駐車場へ行くと、イベントの関係で、全て「満車」。


駐車場係のオジサンが、「この先の信号を右に曲がって、そのまままっすぐ行ったところに、臨時駐車場がありますよ。でも、満車かもしれないので、とりあえず、そちらへ行ってみてください。」とのこと。

夫と「どうする~?」と相談した結果、「とりあえず、その臨時駐車場へ行ってみて、もしも満車だったら、今回は縁が無かった・・・ということで、あきらめて帰ろう。」という話になりました。


オジサンの言われた通りに、お堀沿いの道を真っ直ぐに進み、右折して、道なりに進んで行くと、グランドになっている所が臨時駐車場になっていました。


どうかな~、空いていないかもしれないよね~・・・と言いつつ、臨時駐車場の入り口まで行くと、担当のオジサンが、「祭りを見るの?車、止める?」と聞いてきたので、「ハイ」と返事をすると、「了解!さぁ、入って~」と誘導してくれるではありませんか~。


入り口から入ると、まだ充分に駐車できるほど、スペースが空いていました。

「おお~、これは、お城に行きなさい・・・のサインだわ。ご縁があったね~」と夫と喜びました。

しかも、この臨時駐車場、目の前がお城のお堀で、お城への出入り口がすぐ近くなのです。

なんとラッキーなのでしょう。先ほど満車だった駐車場よりも、うんと城に近い場所でした。


夫と二人で、神仏のお導きに感謝しました。


駐車場係のオバサンにお金を払っていると、このオバサンが「もうすぐパレードが始まりますよ~。この先の道に出て待っていれば、すぐそこを(パレードが)通るから、急いで見に行ってくださいね~。」と教えてくださいました。


おお~パレード!

さっき、市街地を車で通ったとき、歩道にたくさんの人だかりがあったのは、このパレードを目当てに集まった人たちだったのね~。

ディズニーランドのテクニカルパレードを待っている人達みたいに、沿道にたくさんの人が座って場所取りして待っていたけど、あれは、この彦根城のパレードを見に来た人たちだったようです。

でも、その前に、駐車場のトイレに行っておきましょう・・・。と、夫と二人でトイレに行っていたら、なんと、その間にパレードはスタートしたみたいです。


お城からゾクゾクと昔の装束を着た人たちが出てきて、練り歩いています。


駐車場の出入り口から、数百メートル先の道を、馬に乗ったお侍が通っていくのを見て、「もう始まっているー!」と、夫と猛ダッシュでその道まで走りました。


走って走って・・・やっとこさ着いたけど、前半の行列は、行ってしまったみたいです。しかも、どうも、この前半のパレードに「ひこにゃん」も参加していたみたい・・・。


ああ~ひこにゃんを見逃してしまった・・・泣。


でも、次々と行列が通っていくので、気を取り直して、パレードを見物しました。

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馬に乗った侍大将。誰か分からなかったけど、彦根藩士かな??。


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甲冑の侍たち。甲冑隊の中には、女性の姿もちらほら見えました。


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裃(かみしも)姿の武士。

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市女笠(いちめがさ)の綺麗な女性たち。


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なんと、藤堂高虎公も御出陣。高虎公は騎馬ではなく徒歩でした・・・。

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おお~!いよいよ、彦根藩主であり、幕末の大河ドラマには必ず登場する、あの有名な老中・井伊直弼(いいなおすけ)公の大名行列のお通りです。


「ひかえ~控えい~!」と声がかかるけど、今は誰も控えるどころか、写真撮りまくり~でした(笑)。


昔なら、殿のお通りにこの態度では、沿道の皆の衆は、「頭(ず)が高い!無礼者!」とバッサリ切り捨てられるよねぇ~。・・・と夫と話しながら、私たちも写真を撮りまくります・・・(笑)。

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行列の中には、外国人のお侍さんも・・・。今や大名行列も国際的になりました(笑)。

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馬上の人が、井伊直弼公です。

沿道の人だかりがすごくて、両手を伸ばしてやっとの思いで撮ったのが、この一枚。


私たちの周辺では、オバサンたちやギャルたちが、「井伊直弼、男前やーん」「ええ男やわー」「イケメンちゃう?」と、それぞれ、口々に言っていました(笑)。


確かに、時代劇のヅラが似合う、とても素敵な方でした


その後、表門から中に入ると、ちょうど鉄砲隊の実演披露がありました。

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↑ちょうど発砲したところです。

大きな音が響き渡り、観客たちは「すごーい!」と歓声を上げてしました。

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入場受付の窓口に貼ってあったポスター。

今年は、井伊直弼公の生誕200年なのだそうです。


ちなみに、ひこにゃんは、井伊家のお屋敷で飼われていた猫がモデルなのですよ~。

世田谷区にある豪徳寺は、井伊家の菩提寺で、「井伊家の猫」つながりで、境内には招き猫がたくさん祀られています。

詳しくはこちら↓。

気持ちを一新した旅②(世田谷区・豪徳寺)


さあ、入場料を払って、いよいよ入城です・・・。

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長い石段を登って、天守閣へ向かいます。


この石段、敵の侵入を防ぐために、段々がとても上りにく配置になっているのですよ~。リズミカルにトントンと上っていけないように、わざと変調子?で、リズムを壊すような段々なのです。

だから、疲れる疲れる・・・。

年寄りや足の弱い人には、ちょっとしんどい石段です。

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こちらが天秤櫓(てんびんやぐら)です。


ここまで来ると、かなり高度があるので、彦根の町がよく見えます。

この櫓の門をくぐって、さらに石段を上ります。

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おお~見えてきました。これが天守閣。国宝ですよ~。

それにしても、この日はとっても良いお天気で、暑かったです。

汗をかきながら、フーフーと石段を上り、ほぼ山の頂上に当たるところに、天守閣がありました。

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じゃーん。国宝・彦根城とひこにゃん(の写真パネル)。

なんと残念なことに、ひこにゃんがお城の天守閣に現れるのは午前中のようで、この時間は、下の彦根城博物館に登場する予定でした・・・泣。

ひこにゃんには会えなかったけど、国宝の天守に登ってみましょうか・・・。

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それにしても、とても美しいお城です。


慶長12年(1607年)に完成して、今に残る天守閣。

なんと400年の歴史を有しているのですよ~。素晴らしいです。

さてさて、天守閣の入り口で靴を脱ぎ、靴袋に入れて、中に入ってみました。


とても重厚な造りの建物です。


実は私は、お城は、過去に、名古屋城・松本城・松山城・岐阜城・犬山城・・・と、結構、いろいろ行っているのですよ(子どものころに上ったきりで、覚えていないものもありますが・・・笑)。


昔の建物は、とにかく階段が急で、とても怖いです。

お城に限らず、合掌造りの家も、昔の建物は、だいたいが、階段が急で、一段一段の間隔が大きく、子供には危ない感じです。


この彦根城の階段も、なかなか急な作りで、しがみついて登らないと怖い感じでした。


今でこそ、階段に「滑り止め」や「手すり」を設置しているけど、昔は、そんなバリアフリーな造りではなかったので、とても怖かっただろうなぁ~と思います。

でも、昔の人は、足腰が丈夫だから、きっとスルスルと上手に登ったり下りたりできたのでしょう。


それにしても・・・。今回の旅では、「灯台」・「楼」・「天守閣」・・・と高いところに上る機会に恵まれました(笑)。


以前の私なら、「怖いからパス」していたと思うのですが、今回は、ちゃっかり上りきりました。


勇気を出して「高いところ」に上ることによって、今まで見たことのない風景に出会うことができました。

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これが天守閣から見えた風景です。

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琵琶湖もよく見えます。

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城内の紅葉も美しいです。

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これが天守閣の中です。順路は一方通行で、グルリと中を一周して見て回り、また階段のところに戻ってくる・・・というシステムでした。


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遠い昔、このお城を作った人々は、よくぞ後世にまで残る立派な建造物を造ったものだ・・・と心から感動しました。


お城のお堀や石垣など、基礎の部分からしっかりと強固に積み重ねて作り上げていったのだと思います。土台がしっかりしているから、だから、こんなに立派なお城が、その基礎の上にデ~ンと築き上げられたのです。


400年たってもビクともしない、強くて逞しくて、優美で美しいお城・・・。

今も、地元の人々に愛されて、町のシンボルとして大切にされているお城。

彦根藩30万石は、とてつもなくスケールの大きな世界でした。

ひこにゃんのことも、ただの猫だと思っていたけど、こんなに広い敷地の大きなお城にいる猫なんだから、セレブなのですよ~(笑)。


ひこにゃんは、単なる可愛いだけの「ゆるキャラねこ」ではなく、あの御方は「セレブ猫」だと、この彦根城に来て、そう痛感しました(笑)。


ひこにゃん、侮るべからず!

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天守閣の見学を終えて、外に出てきた私たち・・・。

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やはり立派なお城だなぁ・・・と、改めてそう思いました。

もと来た石段を下り、途中で、茶室にて御抹茶を一服し、出入り口へと降りていきました。


先ほどの入場のときは、表門から入りましたが、今度は駐車場に近い大手門から出ました。

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立派なお堀。

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屋形船かな??

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船は大手門の橋の方へと進んで行きました。


船が走るほどの大きなお堀。


さすが彦根藩。大したものです。

この広大な城の中に住んでいる(ことになっている?)ひこにゃんは、まさにセレブ猫だわ~。そう簡単に会えない、雲の上の存在なのよ~きっと・・・。と、夫と話しました(笑)。



この日はお天気が良かったので、「彦根城まつり」も大盛況だったでしょうね~。


私たちが駐車場を出るころは、おまつりも終わり、帰路に向かう人で、高速道路のインターチェンジ付近がとても混んでしました。


こうして気が付くと、もう夕方・・・。


この日も、夫と仲よく楽しい一日が過ごせました~。


今回の旅で、私は、これからも夫と仲よく生きていこう・・・と気持ちを新たにしました。


実は、義父母のことで悩んでいた時、スピリチュアル系のカウンセラーの方々に相談したことがありました。


この時、すべての人たちから「離婚しなさい」とアドバイスされたのです。

確かに、離婚して縁を切ってしまえば、とても簡単だし、もう傷つくこともないだろうから、気分も楽になって良いだろうなぁ・・・と感じました。


でも、自分の中で、「離婚」は、本当の解決策にはならないような気もしていました。


私の場合は、離婚して逃げるよりも、逃げない覚悟をもって家族を私のエネルギーで包み込み、私のエネルギーでビンビンと多大な影響を与えて、私のエネルギーをもって家族の意識を大きく変革させてしまう方が、私にとって「もっともベストな卒業のスタイル」だと感じたのです。


これは、直に「離婚」を勧められたお蔭です。第三者から言われて、そこで初めて、その選択も視野に入れて自分の人生を見つめ直すことができました。それでようやく悟ったのです。言われなければ、自分にとっての本当の「卒業」に気付けなかったと思います


縁を切ることは、いつでもできます。


でも、その前に、結果的にどうなるかは分からないけど、自分で出来ることは精一杯やりきってしまおう・・・。それで悔いのないようにやりきって、その結果を見て、改めて考えてみよう・・・と思いました。


私は、義父母の前では気を使って、自分を出しきっていなかったのです(笑)。


でも、それは止めました。


義父母に多大なエネルギーを燦々と降り注いで、彼らを正しい実践の道へと導いてしまおう・・・と決意しました。


といっても、特別な事をしたわけではなく、自分の考えや思いを正直に伝えることをしました。


義父母がヒーヒーと私を押さえつけようとしても、私は全く意に介さず(笑)、自分の感じたことや思ったことを正直にポロリポロリと話しました。


最初は、私のことをバカにして見下していた人たちでしたが(笑)、でも、私が淡々と自分の感じたことを正直に伝え続けることで、「新しい風」を義父母の心に吹かせることができました。


夫に対しても同様でした。


夫とは、新婚のときから何でも話せる関係を築いてきたのですが、夫には、自分の親に対する幻想を外してもらって(笑)、客観的に俯瞰して見たときの「実親の本当の姿」を理解してもらいました。

その過程で、夫は子供時代からの親子関係で、親との間で悩んだり辛かったことを吐露するようになり、今まで溜めてきたことを全部吐き出して、どんどん身軽になっていきました。


次に義父に対しても、病院でも付き添いの時に、私が感じていることを正直に話し、私の価値観や哲学を義父に伝えました。説教ではなくて、本当にさりげなく、「私はこう思うんですよ~」という感じで・・・・。


そうして義父の心の中に種を蒔き、次に、一番困難だった義母に対しても、私は正直に思うことを伝えるようになりました。


それは、日々の義父母とのかかわりの中で、義母の価値観や物事の受け止め方が、私と大きく異なっているときに、「私はこう感じますよ~」という感じで、サクサクと言うようになりました。

もちろん、最初は嫁に意見されてカチンと来たのか、ヒーヒーと怒って大変でしたが(笑)、でも私は、決して悪いことはしていないのです。単に、義母と違う意見だというだけで、私は至って穏やかに丁寧に話しているだけです。

その中身が「気に入らない」と言って、義母は勝手に腹を立てているだけなのです。


私は、心を純真にして、真っ新な心で、正直に「私が正しいと信じること」を伝えました。

ここでの「正しい」とは、私の個人的な主観で判断した「正しい」ではなく、「倫理的に・道徳的に・哲学的に、これが真理であると私が感じていること」です。


人の欠点を見つけて貶している時には、「そういう見方ではなく、こういう風に受け止めると良いですよ~」という感じです。

すると、だんだんと義母も私の話を聞いてくれるようになりました。

私が話し出すと、急に静かになり、真剣に耳を傾けてくれるようになったのです。


こうして、義母の心にも種を蒔くことができました。


真面目な話だけではなく、ときには冗談も言って笑わせたり、私も大笑いしたりして、楽な気持ちで何でも言えるようになりました。


また、嫁の私からは言いにくいことは、夫がキチンと言ってくれるようになりました。


夫の価値観や物事の受け止め方が、どんどん私に近づいていって、とても身軽になったのです。


それまでは、重苦しくて、世間体や親の価値観を重視して、私をそこに縛り付けるところがあったのですが、今では二人で仲よく、軽々と何でもチャレンジできるようになりました。


この変化は、今年一年で起きたことです・・・。


今までの私は、本当に自分自身のことが、よく分かっていませんでした。


でも、私のエネルギーはとても強大で、家族を全部飲み込んでしまえるほど、強い影響力をもっている・・・ということを、実は、今年の初めに知ったのですよ~(笑)。

寒い冬の京都で、Yummyさんのカウンセリングを受けたとき、「家族の中で一番強いのはEmikoさん!獅子なのに、姑さんから「あんたは猫やー!」と洗脳されて、それを信じてしまっただけです。Emikoさんは眠れる獅子なんですよ~!」と言われて、「あっ!そうなんかー」と驚いて、ハッと自覚した・・・という訳です(遅すぎ・・・笑)。


それで、「よし、ならば獅子に戻って、やってみよう!」と奮起したのです。


もしも、そのまま他の人に言われるまま離婚していたら、私は、自分の中に在る獅子エネルギー(百獣の王?)を自覚しないまま、スルーしてしまっていたかもしれません・・・。


奮起して、一年たたずして、もう、ここまで家族を変えてしまいました・・・(笑)。


ならば、もっと早くに奮起すればよかった・・・と思う、今日この頃です(笑)。

でも、あの時、長い間、「私は猫」だと信じて、ゴロゴロと小さくなり「猫を被って」生きてきた日々も、今になって思えば、私の心の成長にとても大事なことだったと思います。

そのおかけで、嫁姑や親子関係のお悩みに共感できて、理解できて、正しい解決法についてもよくわかるのですから・・・。

乗り越えて克服したからこそ、いろいろ見えてくる世界があります。


でも、離婚については、「即、離婚」の方がベストの人もいますし、結婚する以前のところで「その相手を選んだら絶対にあかん!」という人もいますし、人によって「ベストな解決策」は千差万別です。

いろいろな答えがあり、様々な解決策があり、いろいろな世界が広がっていることを知ることによって、お伝えできる情報も多様になると思うのです。

その部分で、私は一つ乗り越えたこともあり、他の人よりも視野を広げて、アドバイスできるようになったように思います。


こうして、いろいろ取り組んでいき、この夏にレーネンさんのセッションを受けたとき、思い切って義父母のことを聞いてみました。

すると、「彼らはあなたのエネルギーを受けて、もう充分に、その影響を受けていますよ。変化していますよ。」と言われました。


このとき、私のやり方で良かった。これで良かったのだ・・・と思いました。


そうして今現在、こうして夫と旅をするようになり、楽しい時間を共に過ごせるようになりました。


帰りの車の中で、「とても楽しい旅だったね~」と話しました。

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美しい夕陽。こうして私たちの旅は終わりました。

おしまい


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(京都市内の銀杏並木)


前日の比叡山参拝は雨でしたが、次の日はとっても良いお天気でした。

この日が旅の最終日。

京都東インターから名神高速道路に入ります。

途中、大津SAで休憩。

琵琶湖がキレイです。↓

この左側の山が、前日に行った比叡山のようです。

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ここで、旅の締めくくりに、滋賀県の琵琶湖沿いに寄ってみることにしました。


途中、湖東三山スマートインターチェンジで高速道路を降ります。


今から、多賀大社へ向かいます。

なぜ多賀大社なのか??・・・と言いますと、以前から、名神を通るたびに、この多賀大社の名前をサービスエリアなどで見かけるようになり、夫も私も、何となく気になっていたのです。


そんなとき、仕事関係で夫の職場にお客さんがいらっしゃって、夫が対応したそうですが、なんと、その方は滋賀県の多賀町からいらっしゃった方だそうで、来客の対応しているだけの、初めて会う夫に対して、そのお客さんは、「是非、多賀大社に参拝にいらしてくださいよ~」と、多賀大社の歴史や祀られている神様のことを、丁寧に説明して語っていかれたそうです。

その時、夫は、「ん?・・・なんで初めて会う人から、こんなにも多賀大社を勧められるんだ?」と不思議に思ったそうですが、後で、「ああ~神様が自分を呼んでくださっているんだな・・・。あのお客さんを使いに出して、自分を迎えに来てくださったんだ・・・」と、ふと気づいたそうです。


それで、今回、旅の締めくくりに、多賀大社をお参りすることにしました。

ところが、インターチェンジを降りて一般道に入ったとき、ふと、あるお寺の看板が目に入りました。

直感で、「あっ!私、ここに寄りたい!」と叫ぶ私・・・。

国宝の仏様が安置されていて、拝観できる・・・という看板に、私の心が引き寄せられました(笑)。


夫も、「仏様に呼ばれたのか?いいよ~行ってみよう~」

・・・ということで、途中の気になるお寺に寄らせていただきました。


そのお寺は、湖東三山の一つ、「龍應山 西明寺」。

駐車場に車を停めて、拝観料を払い、パンフレットを頂いて、中に入りました。


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ここは、なんと天台宗の古刹でした。


平安時代に建てられたお寺で、お庭の美しさでも有名なお寺でした。(国指定)


そして、国宝第一号に指定された本堂と、三重塔は、鎌倉時代の初期に立てられたもので、なんと建てた大工は「飛騨の匠(たくみ)」と呼ばれる、飛騨出身の名工(大工)さんたちでした・・・。

あらまぁ~、なんというご縁なのでしょう。私たちの祖先たちが、遠い昔に、ここに立てた建造物が、国宝第一号として、今も大切に残されているのです。そして、そこに子孫にあたる私たちが訪れる・・・という不思議。

しかも、この古刹は、織田信長の比叡山焼打ちの際に、一緒に焼かれる予定?だったのですが、不思議なことに免れて(見逃してもらえて?)、焼かれずに今も現存している・・・とのこと。
(パンフレットによると・・・笑)

だから、国宝なのです。

では、お庭から見せていただきましょう。

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隅々まで手入れが行き届いた、とても美しいお庭でした。「蓬莱庭」というそうです。

この庭には、秋に咲く「不断桜」という桜が植えられていて、ちょうど可憐な花を咲かせていました。

庭を抜けて坂道を登っていくと、そこに本堂がありました。

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その向こうには、三重塔がありました。

どちらも国宝の建物です。

本堂の中に入りました。

中では、説明をしてくださる方がいて、祀られている仏様のことを詳しく教えてくださいました。

薬師如来様は秘仏とされていて厨子の中に収められていました。

この厨子を開けて拝めるのは、一住職につき一回限り・・・なのだそうです。

この厨子の周辺には、二天王像や日光菩薩と月光菩薩、十二神将立像など、いろいろな仏像が祀られていました。

病気平癒の仏様なので、具合の悪い所を良くしてもらえるようにお願いすると、願いを叶えてくださるそうですよ~(笑)。

それにしても、これらの仏像も全て、平安時代から鎌倉時代にかけて作られたものばかりです。


1000年近い時代を超えて、こうして会えることに、不思議なご縁を感じました。


そして、更に、この立派なお堂を「飛騨の匠」が造ったのだなぁ・・・と思ったら、なんとも不思議な気持ちになりました。


外に出て、周辺を散策しました。

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真ん前から見た三重塔。

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近くから見ると、こんな感じ。


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二天門。

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正面から見た本堂。

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石段から見上げた二天門。

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ここにも杉がありました。
分かりにくいのですが、根元で二本に別れています。


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夫婦杉というのだそうです。

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下から見上げる鐘楼。

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伝教大師さまの像。

この西明寺は、紅葉が美しい静かな山寺でした。

ああ・・ありがたかった。寄らせていただいて良かったです。

心が洗われました。

さあ、次に、目指すは多賀大社です・・・。

車を走らせて、駐車場に到着。

なんだかとっても賑やかです。

何だろう??と思ったら、そうです。七五三でした。

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綺麗な晴着を着た子供たちと、そのご家族さま・・・。お孫さんと一緒のお爺ちゃんお婆ちゃんの姿も、たくさん見かけます。

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境内では、菊花展が開催されていました。

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こんな菊花もありました。

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とっても明るくて賑やかな境内・・・。

ここは、イザナギとイザナミのご夫婦の神様が祀られています。


そうです。天照大御神や素戔嗚の親に当たる神様です。


ここの神社は、出雲の男神さまの神社と違って、優しい慈愛に満ちた「母性」の愛も感じます。

ご夫婦だからかな??

ちょうど良い感じで「陰」と「陽」が調和していて、穏やかで温かいエネルギーなのです。

七五三に来ている子供たちを、「よく来た」「よく来た」と温かく受け入れて、包み込んで、守ってくださるような・・・そんな父母や祖父母ののような、温かいまなざしの「愛」を感じました。

ここで夫と、日頃の感謝の気持ちを伝え、私たち夫婦の「円満和合」をお願いしました。

更に夫は、自分の親(私にとっての舅姑)の「夫婦和合」をお願いしていました(笑)。

義父母はずっと、あーでもない・こーでもない・・・と夫婦ケンカばかりしているので(笑)、ここの神様にお願いして、仲よくなるよう導いてもらおう・・・というわけです。

より良く成長していくことについては、神様も快く聞いて下さり、サポートしてくださるので、きっと、少しずつ学んで成長していくことでしょう(笑)。

とても心地よい日差しを浴びて、私たちの心もポカポカと温かくなりました。

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神社前のお食事屋さんで、多賀うどんをいただきました。


身体が温まって、美味しかったです。



つづく

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(比叡山延暦寺にて)

出雲からの帰路・・・。

岡山駅で新幹線に乗り換えた私たち。

次の新大阪駅で新幹線を降りて、新快速に乗り換えて、京都へ向かいました。

京都に到着したのは、夜の9時近く・・・。

京都駅構内のお店で、「にしんそば」を食べて、遅い夕食・・・。

その後は、八条口の市営駐車場に預けていた車に乗り込み、子どもの下宿先へ向かました。そして、子供の部屋でお泊りしました。


次の日。子供は講義があるから・・・と大学へ行ってしまったので、私たちだけで「じゃあ、京都観光をしようか~」ということで、比叡山延暦寺へ行ってみることにしました。(正式には京都じゃなくて滋賀県なんだけど…笑)


以前から、是非、いつかは行ってみたい・・・と思っていたのですが、時間的になかなか行けなくて、ずっと保留にしていたのです。

でも、今回はマイカーがあるので、スイスイと行ってこれそうです。

雨が降ってしましたが、早速、出発しました。


市街地から山の方へ向かい、どんどん細い山道に入っていきます。


淋しい道を上っていくと、比叡山ドライブウェイのゲートに到着しました。


ここから更に車で上って行きます。


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途中、見晴らしのいいところに駐車場があるので、停車して景色を眺めました。

雨のせいで、ガスっています。

白い霧がかかっていて、視界は不明瞭。きっと晴れていたら、紅葉が目の前に大きく広がり、とても美しいのでしょうね~。

クネクネとした道を上り続け、延暦寺バスセンターに到着。


ここに車を停めて、延暦寺の「東塔地区」と呼ばれるところを散策しました。


まず最初に、せっかくなので・・・と、国宝殿を見学。

ここで、最澄の書を(レプリカですが・・・)見ました。


少し前に京都を訪れたとき、私は東寺にて、弘法大師さまである空海さんの直筆の書を見たのですが、今回は、伝教大師さまである最澄さんの書を見ました。

あの有名な、「一隅を照らす。これ側(すなわ)ち国宝なり。」の、あの書です。

最澄さんの筆は、懐の深い「おおらかさ」を感じるものでした。

天才肌の空海さんとは、また異なる感じで、味のある「ふくよか」な趣(おもむ)きなのです。


最澄が開いた、この比叡山延暦寺は、長い歴史の中で、数多くの僧たちが全国から集って厳しい修行をし、その中から、法然や親鸞、日蓮といった祖師も多く輩出した、仏教界の最高峰ですが、その開祖となった最澄さんの筆は、なんとも愛に溢れた温かみのある、ふくよかな書でした。

この筆から、今日までの延暦寺の歴史が始まったのだと思いました。

ここ国宝殿では、たくさんの素晴らしい仏様に逢わせていただきました。

遠い昔に、当時の仏師たちが腕によりをかけて作り上げて供養した、素晴らしい仏様ばかりてす。


この後、雨に煙る東塔地区を、傘をさして回りました。

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ここは大講堂です。中に入ってお参りしました。


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大講堂の横にある鐘楼。「平和の鐘」と名前が付けられていて、お金を供養すれば、自由につけるようになっていました。なので、夫と二人、順番に鐘をつかせていただきました。

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更に進むと、国宝「根本中堂」の碑が見えてきました。

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この石段の下にあるのが、根本中堂です。



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ここが根本中堂の入り口です。


中は写真撮影が厳禁なので、写真はここまで・・・。現在、根本中堂は、来年から始まる「平成の大改修」のための予備調査事業がなされていて、参拝はできますが、工事の足場が道内にたくさん設置されていました。

この調査が終わったところで、いよいよ、来年から10年間にわたる大改修が始まるそうです。


中堂の中に入り、仏様にお参りしました。「不滅の法灯」はあれかな?と思いつつ・・・薄暗い御堂の奥を柵越しに見せていただきました。

中堂を出て、次に、目の前の石段を上ります。結構、急な石段・・・。


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上りきったところで振り返ると、下に根本中堂が見えました。

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ここからだと、門の奥の御堂が少しだけ見えます。


さてさて、この石段を登りきった上には、楼がありました。

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文殊楼。文殊菩薩様が祀られている楼でした。

中に入れるようなので、ちょっと上ってみましょう・・・。

それにしても、ここも急な階段でした。

前日の、日御碕灯台の階段といい、この文殊楼の階段といい、今回の旅は「高い所」に上ることが多いようです。


高所恐怖症の私にはキツイ階段ですが、でも、「上にはどんな世界が待っているのかな?」と思うと、自分の好奇心を満たすために、高い所への恐怖心など振り払って、どんどん登ってみたい・・・と思います。

怖くても、そこを突破しないと、先には進めないし、新しい世界に触れることもできない・・・ならば、怖いなんて言ってないで、頑張って登っちゃおう~!・・・と、今の私は、そういう気分なのです(笑)。

ですので、この文殊楼の階段もかなり急で怖かったですが、頑張って上りました。

中は、やはり写真厳禁なので、写真は無しです・・・笑。


でも、中に祀られている文殊菩薩様にしっかりお参りしました。

夫と二人、我が子の学業成就をよ~くお願いさせてもらいました(笑)。

こうしてお参りをして、楼を下りたころ、雨は少しずつ止んできました。

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至る所、紅葉が美しいです。

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雨上がりでサッパリしています。

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大きな杉。また杉の木と出会いました。

杉に呼ばれている私たち。

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雲海で見えませんが、この先には街が広がっているようです。

随分と高いところに来たんだなぁ・・・と思いました。

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この石段の先には、阿弥陀堂があります。

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こちらは、昔に焼失したのですが、昭和に再建されて、今、こうして阿弥陀堂として先祖供養の法要を執り行う御堂となりました。


中に入ってみたら、ちょうど先祖供養の法要が行われていて、党内に読経が響いていました。

ちょっと便乗して(笑)、私たちも外陣に座り、一緒にお参りさせていただきました。

こういう法要に合わせていただくのも、何かのご縁・・・。

法要終了後、夫に話をして、夫の手で、我が家のご先祖様のために、先祖供養のロウソクを供養させていただきました。


いつもは、私が施主になって、一人旅のときにずっと先祖供養や、家族分の護摩木を供養をさせてもらっていたのですが、今回は夫がいるんだし、夫もたまには家族の為に供養を申し込む・・・という経験をしたほうがいい・・・と思い、夫が施主となって、供養を申し込んでもらいました。

ちなみに、皆様も、家族が仲よくなりたいと思うなら、ちょっと神仏の力を借りてサポートしてもらうために、こういう場で、いろいろと供養や寄進をさせてもらうと良いですよ~。

護摩木も、ロウソクも、線香も、高くても数百円のことなのですから、ケチケチとケチらないで(笑)、家族分買って、護摩木なら一本ずつに家族の名前を順番に書いて、家族みんなの幸せをお願いすることです。

特に、大嫌いで苦手な家族のことほど、熱心に供養して、その家族の幸福を心からお願いすると良いですよ~。苦手な人が幸せになってくれれば、相乗効果で、自分も巡り巡って幸福になるのですから、大嫌いで苦手な人のことほど、その人の幸せを強く願ってあげてくださいね(笑)。


これは、叶う・叶わない・・・ということじゃなくて、ここで供養や寄進をすることをきっかけに、神仏とご縁を結ぶ・・・ということです。

大嫌いで苦手な家族も、そこであなたが祈りを捧げてくれるおかけで、ご縁が結べるのです。


今まで、全く神仏とのご縁が無かったから、ひねくれた性格になって(笑)、悪い種を周囲にまき散らして、みんなに嫌われるキャラになったのです。だから、見方を変えれば、可哀そうで気の毒な人なんですよ・・・。ならば、世界中の人がその人のことを嫌っているとしても、せめて世の中であなた一人だけでも、その人のために幸福を願ってあげてほしいのです・・・。その人のお蔭で、人の幸福を願う機会をいただいたのだ・・・と思って、感謝して祈ってあげればいいのですよ~。これも、あなたにとって大切な徳積みの修行になります。



こうしてお参りさせていただくのも、目に見えないお導きがあってこそ・・・なんだから(笑)、この出会いに感謝して、ロウソクや線香や護摩木を供養させてもらうことです。


たったこれだけでも、「神仏の縁に触れる」ことになるのです。ご縁を結ばせていたたくことになるのです。

特に、「徳がない」という人は、こういうご縁むすびをさせてもらうと良いですよ(笑)。

これで開運して絶好調でどんどん恵まれていく・・・なんてことは絶対にありえないので(笑)、物質的な豊かさは期待しないでくださいね。

そうではなく、ご縁を結ぶと、そっと神仏が見守ってくださる・・・ということです。そして、何かピンチのときに、スッと神仏の智慧(ちえ)が思い浮かんで、正しい解決の方向へと自然と向かって行く・・・というように、さりげなく、そっと導いてもらえるようになります。


要は、人生の旅が、ますます豊か実り多いものになるように、善きも悪しきも、様々な経験が与えられるけど、こうした様々な出来事に対する「正しい乗り越え方」を教えてもらえて、試練を克服する力を授けてもらえる・・・ということです。


目に見えない世界で、ちゃんと繋がっている人は、苦しみも悲しみも、自分の魂の肥やしにして、豊かさに変換できるのです。

それは、神仏のお導きが無ければできません。人間の力だけでは無理なのです。

崇高なものと繋がる・・・つまり「ご縁を結ぶ」ということです。


でも、ご縁を結んだら、神仏に愛される自分になるよう努力しなくてはいけません。


それが仏教でいう「受戒」なのだと思います。


心身を清め、心が清浄な状態を保つために、「自分に戒を与える」のです。


戒とは、そんなに難しいことではなく、「悪口を言わない」「物を粗末にしない」「人にやさしくする」「嘘をつかない」「執着しない」・・・等。心を清らかに保つための「お約束」みたいなものです(笑)。


出家していけば、いろいろと厳しい戒律を守らなくてはいけませんが、在家で生きているのなら、子供時代に祖父母から教えられたような「倫理」「道徳」をしっかり守ることです。

それだけで、心が清らになり、明るい心になりますよ~。

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阿弥陀堂の辺りも、随分と紅葉が進んでいて、とても美しかったです。

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雨のあとの山々。

阿弥陀堂の奥にあるのが、東堂です。


この奥の坂道を下り、先ほどの石段に出てきました。


ちなみに、この阿弥陀堂を下りてすぐ下に、戒壇院という古い御堂があります。

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これが、戒壇院です。

最澄が亡くなられた後に立てられた院です。

ここで年に一回、受戒式が行われるそうです。

もしかしたら、遠い昔の私の魂も、ここで受戒したのかもしれません・・・。

こうして東塔地域の参拝を終えて、もとのバスセンターに戻ってきました。


ここのお土産屋さんでちょっと一服。

抹茶と胡麻饅頭をいただきました。

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私は、お茶を習ったことが無くて、お恥ずかしいことに良く分からないのです。でも、夫はお茶の作法を知っている人なので、夫に習って、御抹茶とお菓子をいただきました。


こういう時、自分にはない知識や能力を持っている人がパートナーだと、何かの折に、いろいろ教えてもらえて、本当にありがたいです。


結婚の良い所は、自分には無い「引き出し」をたくさん持っているパートナーから、いろいろ学べて、自分の「引き出し」も増やしていける・・・ということでしょうか。



世の中には、一つの社会制度として「結婚」というものが存在していますが、せっかくこの娑婆に「結婚」という制度があり、社会的にも既婚者の立場が優遇されていて、広く認知もされていて、行政的にも社会福祉の面でもいろいろ配慮されていて、結婚による社会的特典?も整っているのだから(笑)、ならば、この「結婚」制度を上手に利用して、心豊かな暮らしを営むための「道具」の一つとして利用すればいい・・・と私は思うのです。

結婚に「感情」を挟むから、面倒臭くなって、問題も起きて、いろいろ忌み嫌われるんであって(笑)、これって単なる「制度」なんだから、もっと割り切って、上手に受け入れて、自分たちの暮らしをより良くすめために、賢く利用すればいい・・・と思います。

・・・と言っても、私も、ここまで達観できるようになるまでには、いろいろ経験して、試練も乗り越えて、苦労もして、そうして、ようやくここまで来て、今、やっとこさ「単なる制度なんだから、いいとこ取りして、上手に利用すればいいんだよ~」と、いい意味で「割り切れる」ようになったのです~。


それまでは、「嫁」とか「妻」とか「夫」と「男」とか「女」とか・・・等。
社会的通念とか、親から刷り込まれた価値観とか、世間のしがらみとか、常識とか、・・・等。そういうものにガンジガラメになって、とてもしんどかったのです。


でも、基本的には、夫婦で一単位であり、夫婦で仲よく暮らしていくためには、何が必要で、どう自分たちを進化させていくことが大切なのか・・・・。ここを夫と共に、もがき苦しみながら、腹を割って話し合い、ケンカもしながら、どんどん不要なものを削ぎ落として、ようやく、この境地に二人で立てたのです。

今の私たちは、「友達夫婦」です。


親友のような、兄妹のような(姉弟のような?)、家族でもあり、でも仲間でもある・・・不思議な関係なのです。

これを、男女の愛だけでひとくくりにしたら、枠に収まらなくて、かなり難しいと思います。


友達のように、何でも相談し合い、信頼し合って、楽しいことも苦しいことも二人で分かち合って、なんでも「半分こ」にして相手を思いやり、仲よく楽しく生きていく・・・。男だから、女だから・・・なんて面倒くさいことは言わないで(笑)、世間体など気にしないで、お互いに必要なことはテキパキやって、性差に関係なく、自分の得意分野をどんどん発揮して、家の中のことを上手に回していく・・・。そういう夫婦のスタイルなのです。


これがお互いにとって、とっても楽ちんで楽しくて充実できる・・・と分かったので、これで私たちは生きていくつもりです(笑)。


そこに、「結婚」という社会制度があって、夫婦でいると社会的に優遇されている部分があり、そこを上手に利用しながら、日々暮らしている・・・そんな感じです。

女とか男とか、そういう性を越えて、一人の人間として互いに信頼できる関係・・・。
こうした関係を築きつつ、でも婚姻届を出した「夫婦」なのだから、ちゃんと「結婚制度」の枠に納まり、社会的にも立場が保障されている・・・。こんな感じなのです。

世の中の多くの人は、「結婚」をとても難しく考え過ぎていて、相手に対して「自分の個人的感情」の物差しでジャッジし、自分の理想を相手に押し付けて期待しすぎて、それで思うようにならないと、勝手に幻滅したり失望したりして・・・等。自分の手で、どんどん面倒くさくて厄介なものにしているように感じます。

「結婚」は単なる制度。大事なのは、夫婦になった後、どんな暮らしを二人で築き上げてくのか・・・。←この部分です。


「結婚」が幸せにしてくれるのではなく、「結婚」という制度を利用しつつも、どう自分たちの幸せのスタイルを確立していくのか・・・ここが大事なのですよ~。

二人で頑張って努力して「築き上げていく」ものなのです。自分は何もしなくても、誰かが勝手に作ってくれる・・・そういうものではないのです・・・。自分も参加しないと・・・ね(笑)。

そんなことを、紅葉の比叡山を散策しながら、ふと思ったのでした。


そして、こうして夫婦二人で延暦寺の中を散策しながら、「いつもは一人旅だったけど、こうして夫と二人で旅するのも良いモノだなぁ~」と思ったのでした。


生まれて初めて訪れた比叡山延暦寺。


今回は、東塔地域しか回れませんでしたが、次回は、西塔地域や、修験者が行をしている横川地域を訪れたいなぁ・・・と思いました。



だけど、やっぱり寺に来ると、私は不思議とテンションが高くなります。心が生き生きとしているのを、自分でも強く感じました(笑)。

私は、お寺を訪れると、ワクワクするようです・・・。


つづく



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