なんとかなるさ~

Emiko/記録の保存庫

2016年11月

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「現実と向き合う」


これからは、これがとっても大事になっていくと思います。



向き合うべき「現実」の一つに、


「自分自身を知る」


・・・というのがあります。


要は「セルフイメージ」のことなんですが、自分自身を「ありのまま」見つめて、良い部分も悪い部分も「丸ごと全部」をそのまんま認識している人って、実は、案外、少ないのですよ~。


どうしても、自分のことを「盛って」受け止めている・・・。こういう人が多いんです。


例えば、自分のコンプレックスについて・・・。


等身大の自分を知る・・・ということは、「自分のコンプレックスも熟知している」ということです。


容姿にコンプレックスがある人の場合、『自分の現実を知る』ということは、たとえば「私は頭が大きくて、足が短いのよ~」といった『自分の肉体の現実』を、逃げも隠しもせず、良い悪いとジャッジすることもなく、そのまんま丸ごと「これが私の特徴よ~」と認識している・・・ということです。


コンプレックス・・・というより、「自分の個性」として受け止めている・・・という感じかな(笑)。

だから、「頭がデカくて、足が短い」という肉体の現実について、「こんな私は生きる価値なんて無い」とか、「だから私は嫌われ者なんだ」とか、「私は幸せにはなれない」とか・・・等。いじけて暗-く落ち込んでいる風ではないんです。


だいたい、人から嫌われたり不幸になる原因って、見た目で人より劣る部分があるから・・・ではないんですよ~。


見た目のことを気にし過ぎて、イジイジといじけて根暗にしているから、その「暗さ」が、人の心に引っ掛かってしまうのです・・・。


あと、性格の悪さとか、気質がひねくれているとか、デリカシーが無く自分中心とか・・・等、そういう心の面での問題が、「人から嫌がられる原因」になっていくのです。



肉体や容姿が人より劣っていても、心や性格がとても明るくて、人を引きつける魅力がいっぱいある人ならば、人がワンサカ集まってきて、知らないうちに「すご~い人気者」になりますよ~。


だから、見た目はあまり関係ないのです。



それよりも、清潔感とか、知性とか、生き方とか、性格とか、気質とか、徳分とか、心の持ち方とか・・・、そういう目に見えない部分がとても大事なんです・・・。ここをどう鍛えて、整えているか・・・です。



そして、自分のコンプレックスで卑屈になるんじゃなく、その部分とどう向き合っていくか・・・。これが大事です。





例えば・・・。



自分のスタイルに自信が無い人でも、そんな自分の身体に似合うファッションについて、ちゃんと然るべき人に相談して、いろいろアドバイスをもらって、実際に実践してみたり・・・等。自分のコンプレックスをオープンにして、それらをよりよく改善して克服する方向で、自分から積極的に動いていけばいいのです。


その他、見た目は美人ではないけど、その分、他に自分の魅力を見つけていくつもりで、自分の良さを磨いてのばしたり、心を磨いて「性格美人」になろうと努力したり・・・。自分に合う方法で、つねに自分と向き合って、切磋琢磨していけばいいのです。



そういう取り組みを通して培った「心根の明るさ」が、その人の魅力となって、人々の心に印象付けられるのだと思います。


なので、コンプレックスに飲まれないように・・・。逆に食っちゃいましょう!


コンプレックスを隠したり、忌み嫌ったりしないで、ちゃんと「自分の現実」として受け入れていきましょう。


そうして、コンプレックスを「自分の個性・特徴」と受容して、どうしたら改善できるかな?どうしたら自分の魅力につなげられるかな?と前向きにとらえ直して工夫すること・・・。これが大切なのですよ~。


あるいは、自分には「人より劣っている」とコンプレックスに感じられる部分が、実は他人から見ると「羨ましいほど、とっても素敵で魅力的な部分」だった・・・なんてこともあります。


自分ではダメな部分だと思っているところを、人から褒められて認められたりしたので、ビックリしつつも、勇気を出してその部分を開示したら、なんと、そこが魅力となって人気者になり大ブレイクした・・・なんて有名人がたくさんいらっしゃるでしょ?


だから、自分一人で悶々と気に病んでいたら、絶対に、その悩みのループからは抜け出せません。


ちゃんと心をオープンにして、勇気を出してさらけ出す・・・。こういう体験が必要だと思います。


でも見方を変えれば、「自分をオープンにして、他人に自分のすべてをさらけ出す」ということを経験するために、コンプレックスがこの世に存在しているのかもしれません・・・ね。


とにかく、前へ進むためには、「自分の現実」を、そのまんま受け入れてしまうことです。



受け入れるためには、「開き直り」と「度胸」が必要・・・。


いつまでも、「自分の現実」に蓋をして、自分のコンプレックスを隠し続けるのは、もう時代遅れ~ですよ。



これからは、コンプレックスを利用して自分を成長させたり、コンプレックスの克服過程を通して自分にいろんな経験を与えたり、コンプレックスを解消することで「新しい自分」を発見したり・・・等。



今まで「開かずの扉」にしていた自分のコンプレックスをも、上手に利用して、自分の人生を豊かに輝かせるための材料として生かしていく・・・。


そういう甲斐性が、これからの時代は必要だと思います。


嫌だ~嫌だ~と現実から目を背けて逃げていたら、どんどんミジメになっていきますよ・・・(笑)。



使えるものなら、何でも使う。藁をもすがる?・・・それくらいのガッツと根性が無ければ、これらは生き抜いていけませんよ(笑)~と思います。


現実と向き合い、現実をサラリと受け入れて、そこから自分をどう伸ばしていこうか工夫する・・・。


それも楽しみながら、喜びつつ、自分を上げていくことに取り組んでいく・・・。



「自己認識している自分の姿」と、「実際の、自分の現実の姿」が、あまりにかけ離れていると、とっても辛くて苦しくなっていきます。


自分のありのままを知る・・・ということは、自分を客観視して現実的に見つめることでもあります。



自分のありのままを知り、地に足をつけて、しっかり堅実に「自分を上げていく」ことに取り組んでいきましょう。


現実を見ずに夢ばかり追いかけていてもNGだし、夢も希望もなく現実に飲まれて沈んでいくのもダメだし、ちょうどその中間の、ちょうど良い塩梅の地点に「自分」を置いて、堅実に上手に「自分を上げていく」ことです。



現実を見つめることで、自分を知る。



バランスよく自分を知る。



そうした視点が、これからはとても大切になっていくと思います。






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昨日、親戚からたくさんの野菜をいただきました。


「畑をやっている友人からもらったんだけど、うちにもたくさん(同じ野菜が)あるから・・・」ということで、お裾分けのお裾分け~をいただきました。


野菜の値段が高騰しているというのに、本当にありがたいことです。見てみると、段ボール箱に数箱分これで越冬できるんじゃないか・・・というほどの、結構な量と種類でした。おばさん、ありがとうです


でも、このまま置いておくわけにもいかないので、更に、他の親戚へ分けることにしました。


こんな感じで、田舎で暮らしていると、こんな恩恵をいただけるので、本当に嬉しいです。



都会だと、「何を食べようかな~」で食材を調達するのでしょうが、こちらでは、もう既に食材があるので(野菜など)、「これをどうやって食べようか??」から入っていき、メニューを考えて、いただいた野菜を上手に使いまわすようあれこれ工夫することが多いです。


なので、年中、なんらかの季節の野菜をもらうので、いつも考え続けています(笑)。



最近、ご近所さんからいただいた大きな白菜をようやく使い切ったところでしたが、今回、新しい野菜をもらったので、またまた知恵を絞って使い切っていきたい・・・と思います。



あと・・・。


11月は、いろいろ忙しかったのと、自分のモチベーションが下がったこともあり、家計簿をつけずに過ごしていました。



実は私は、主婦になってから、家計簿を毎日つけています。


最初は、「一体、毎月、いくらくらいのお金を使って生活しているんだろう?」と興味を持ち、それで、仕事を辞めて主婦になったとき、家計簿を「経済のお勉強」だと思ってつけていました。


最初は、どうつけていいのか分からなかったので、基礎のお勉強のつもりで、主婦雑誌の家計簿を購入し、それをつけることで、家計について勉強しました。この家計簿は3~4年ほど使いました。



私が初めて使った家計簿はコレ↓

Happy家計簿2017 (ベネッセムック)
ベネッセコーポレーション
2016-10-03


「家計って何ぞや?」の素人レベルな私には、入門編としてピッタリでした。

これで、「(費目ごとの)予算の袋分け」という技を身に付けましたよ~(笑)。


この家計簿で家計のイロハを勉強させてもらいました。


こうして、数年使っていたら、もっと具体的に家計をつけてみたくなり、次は、こちらに移りました。


家計簿のパイオニア、『婦人乃友』の羽仁もと子さん案の家計簿です↓

羽仁もと子案家計簿 2017年版
羽仁もと子案『家計簿&家計当座帳』









そして、さらに、当座帳もプラスして使いました↓。






この二冊をセットで購入し、この両方をフルに使って、真面目に家計簿をつけました。


この頃になると、毎晩、家計簿をつけることが「趣味」になっていました(笑)。


あんなに、面倒臭がり~な私が、何故か「家計簿」に目覚めてしまったのです。


何が気に入ったのか・・・といいますと、その日に使ったお金の金額を把握して、手元にある残金も確認して、それを帳簿に付けることで、お金を出し入れを「目に見える形」で明瞭化できる・・・。これがとっても爽快だったのです。


こうして、使った分・残った分をキチンと明らかにしておくと、お金に対する罪悪感や背徳感?が消えていき、スッキリとお金が使いこなせるように思いました。


多分、知らないうちにお金を使ってしまったとか、いくら使ったのか分からないとか、手元にどれだけ残っているのか知らないとか、そういう「わからない状態」が、精神的に一番良くないのでしょう。


ちゃんとわかった状態にしておくためにも、家計簿をつける・・・というのは、精神安定上、とても都合が良いものだなぁ~と思いました。


こうして、数年間、羽仁もと子さんの家計簿セットをコツコツ使い続けた後、今度は、「もう少し簡素化してもいいんじゃないかな?」と思い、もっと簡単なものに変えていきました。



しばらく、羽仁もと子さんの堅くて真面目な家計簿を使っていたせいか、今度はハッチャケて、可愛らしいモノに走ってしまいました・・・。


条件としては・・・。


中は、シンブルでザックリしているけど、大事な部分が押さえてあり、適切に記入できて、使いやすいもの・・・。


そして、可愛らしいキャラクターもので、私自身が毎日楽しんで記帳できるもの・・・。


この条件で、しばらくは、いろんなキャラクターのものを毎年買い求めていました。


そして、今年からは「すみっこぐらし」の家計簿にしてみました~。(表紙の可愛さに、思わずジャケ買い?してしまいました・・・笑)


実際に使ってみたら、この「ゆるさ」と「書きやすさ」が私のツボにはまり、とても気に入ったので(キャラクターも可愛いし~)、来年の家計簿も「すみっこぐらし」にしました。







こうして、私の家計簿はいまや「習慣」となったのですが、今月11月は、いろいろ慌ただしかったのと、私の怠け心が出てきて、レシートは貯めるけど記帳はせず・・・という状態でずっと過ごしてしまいました。


すると、やっばり、気持ちが悪いのです・・・。



自分の財布から出した分をしっかり明記していかないと、なんだか不明金をたくさん出しているような気がして、スッキリしないのです。


明瞭会計で財布も心もスッキリ~


これが私のお気にいりだったのです・・・。
この心地よさを味わいたくて、毎日コツコツ書き込んでいた・・・。ただそれだけだったのですよ(笑)。


こうした体験から、「これは義務としてやっている・・・というより、自分が気分よく過ごせるためのツールだったんだ~」と、改めて自分自身の気もちに気が付きました。



こんな家計簿をつける・つけない・・・のことからも、「自分を知る」ことが出来るんだ~と、ちょっと驚きました。


何気ない習慣を、ちょっとサボっただけのことから、新たな「私の気持ち」に気付けたのです。


これは面白い発見でした。


それにしても、家事(料理)にしても、家計管理についても、こういう「生活に関わること」をキチッとやることは、「地に足を付ける」ことに通じます。



要するに、グラウディングみたいなものです。


「現実的に対処する。」


「現実を知る。」


暮らしに直結していることは、現実的に向き合っていかないと回っていかないので、とても大事なことだと思います。





昨日は一日かけて、溜まりにたまった11月分のレシートを出して、家計簿に記入し、なんとか一か月分のお金の出し入れを記載しました。


そして12月の予算も立てました。


これで、気分が晴れました~。一安心です



やっぱり、ちゃんと明瞭会計でいくのが、私には大切みたいです(笑)。


暮らしのこと、ザックリでもいいので、明確にきちんと見通しをもって取り組んでいく。


とても大事なことだと思います。



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最近、思うことですが・・・。


どんな時でも、自分をちゃんと知っていないと、道に迷ってしまう


ということを、痛切に感じます。



これは単に、「将来の夢に向かって頑張っているとき」とか、「自分のやりたいことに取り組んでいるとき」など、ポジティブな気持ちで前向きに活動している場面だけでなく、


「抱えている悩み事を、人に相談する時」


にも、「自分をちゃんと知っている」ということは、とても大事なことだと思います。


というのも、自分をちゃんと知っていないと、悩みの正体が明確に出来ないから、、それで、ますます迷いを起こして、変な方向へ突っ走ってしまうのです。



そして、悩みを明確に説明できないから、話が横へ横へと逸れてしまい、どんどん軸がずれていって、正しい解決策から遠のいてしまうのです・・・。


例えば、人間関係でモヤモヤしているとき、自分の気質や自分の心の癖をちゃんと知っていれば、モヤモヤの原因は「自分の心の問題」なのか?「相手の人間性の問題」なのか?だいたいの目途がついて、ある程度は問題の根本が明確になると思うのです。



こうして、悩みの原因を、ある程度まてでも明らかにしておけば、人に相談する時も、「人への接し方で気を付けるべき点」を聞くと良いのか、「気質的に問題がある相手への関わり方」を聞けばいいのか、とても明快だと思うのです。



また、今の自分の状況を、相談相手に具体的に説明しなければならない場合でも、自分のことをちゃんと知っている人なら、客観的に的確に「自分が置かれている状況」を説明できるはずです。


自分がよく分かっていない人は、問題を直視することができないので、状況を説明する場面でも、自分寄りの言い方をしたり、相手が悪いようなことを盛って話したり、自分に不利なことは隠していたり・・・等、事実と異なることをベラベラと言う傾向があります。



そうなると、ますます「正しい解決策」から遠のいてしまい、どんどん悩みのループに深くはまっていくのです・・・。



「自分を正しく知っている」ということは、「自分の事実・現実をちゃんと把握している」ということでもあります。



自分の「良い部分」も「悪い部分」も、「プラスの部分」も「マイナスの部分」も、全部、客観的に知り尽くしていて、そんな自分を、丸ごと受け入れ認めています。


だから、より客観的な意見を受けとめる準備ができているし、自分をより良く変化させるためなら、喜んで何でも取り入れていく覚悟もできています。



そういう人だと、悩みを抱えていても、それを機に、自分をより見つめ直し、自分と向き合うことができます。



だから成長するのです。


ところが、「自分を知らない人」だと、現実を直視して、事実を受け入れる力が弱いので、悩みを解決させる馬力がありません。




馬力が無い上に、現実を突きつけられると、とたんに弱腰になって、「逃げ」に走るのです。



悩みを解決させたくて相談しているはずなのに、いざ、解決策を提示すると、「そんなことは無理です、許してください」と言いだして、なんだか意見してくれる相手を「悪者」みたいに仕立てる雰囲気を作って、スルスル~と逃げようとするのです。



つまりは、最初から「解決させる気など全然無かった」ということです・・・(笑)。



「悩みがあって苦しい」と言いながら、実は、その悩みを手放す気が無かった・・・のですよ~。



なので、そういう場合は「悩みを相談する」じゃなくて、ただ単に「愚痴を聞いてほしかった」「自分に同情してほしかった」「自分に優しい声をかけてほしかった」のだと思います。


一応、「悩みの相談」という形で相手にいろいろ話しているけど、本心は、これ以上のことは最初から望んでいなかったのです。ただ聞いてほしかっただけ・・・・それだけだと思います。



私は、それもアリだと思うので、解決させずにそのままでいい・・・という状態も、温かく見守ってあげたいと思っています。


というのも、そうやって、ウジウジと悩み続けて全然アクションが起こせない時期・・・というのも、人間の魂の成長には必要な時間だと思うからです。



でも、聞き役になる側からすると、解決させる気が全然ない人から、延々と終わることのない愚痴話や不満話を一方的にネチネチ聞かされる・・・というのは、マジで耐えがたい「苦痛」なんですよ(笑)。


しかし、世の中には、こういう他人の愚痴話を聞いて感情移入するのが、三度の飯より大好きという(奇特な?)人もたくさん居るので(笑)、そういう人に、その役目を担ってもらう・・・。これが一番ベストな形だと思います。



だから、人に自分の心の内を打ち明ける時は、まず最初に、自分の本心をしっかり確認して、「この悩みを解決させる覚悟がある」のか、または、「解決させる気は無くて、ただ愚痴を聞いてもらい慰めてほしいだけ」なのか、このどちらかなのか、自分の気もちをちゃんと知っておくことです。


その上で、人に打ち明ける時は、「この問題を解決させたいから、率直なアドバイスをお願いします」と頼むのか 、「ただ愚痴を言ってスッキリさせたいだけだから、黙って私の話を聞いてほしい」とお願いするのか・・・。←このどちらかを相手にしっかり伝えるべきだと思います。




そうすれば、相手も、きちんと話を受け止めてアドバイスできる度量の人なら、じっくり聞いてくれて的確な助言をしてくれるでしょうし、「愚痴や不満はお断り」の人なら「そういう話は聞きたくないから、違う人に言って」とピシャリと断るだろうし、人の愚痴や悪口を聞くのが趣味だという人は、あなたの愚痴話に喜んで飛びついて根掘り葉掘り聞いてくれるでしょうし・・・(笑)。



相手の魂のレベルに合わせて、あなたのニーズに応えてくれるでしょうから、そこはちゃんと相手に最初に言っておくべきだと思います。



そのほうが、自分にとっても相手にとっても、時間とエネルギーの無駄が無く、スッキリと快適に過ごせだろうな・・・と思います。



また、「自分の愚痴話を黙って聞いてくれる」からと言って、相手が信頼できる相手か?どうか?は、正直言って眉唾ですよ・・・(笑)。


だって、相手は義理と人情で「仕方なし」に、あなたの話に付き合ってくれている??かもしれないのです。



本当にあなたのことを心配して愛してくれている人なら、あなたのエンドレスな愚痴話に延々と付き合うことは絶対にしないと思います。



あなたが少しでも建設的に前向きに問題に立ち向かっていけるよう・・・、いろいろな形でアプローチしてくれているはずです。


時には、あなたに嫌われることを覚悟で、あなたを失うことも覚悟のうえで、正直に自分の思いを伝えて、あなたが早く目を覚まして、現実的に対処していくよう、あなたの前でいろいろアクションを起こしているはずです。


ただ、それを「愛」と受け取るのか、「悪意」と受け取るのか・・・。


ここにも、あなたの「真実を見極める目」があるかどうか、「現実を受け入れる覚悟」があるかどうか・・・が、試されていると思います。



こうして考えてみると、「悩みを抱えている」ということは、とっても壮大でグレートなことなんですよ(笑)。


悩みがあるからこそ、自分の立ち位置が確認できて、自分の本心を知ることができて、周囲の人々の愛に気付き、自分の足りない部分を自覚して、前進していくエネルギーがチャージできるのです。



だから、悩みって、とても大事なものなんですよ~。


人間だからこそ・・・体験できることです。



ちなみに、仏陀となって悟りを得てしまうと、悩みが無くなって、何の「引っ掛かり」も「障害」もなくスーと滑るように時間が過ぎていくそうです。


例えば、盗賊に襲われて、腕を切り落とされても、肉体が傷ついただけで、魂は何も傷ついていない・・・。だから、肉体的な痛みはあっても、盗賊を恨んだり憎んだり、身の上を悲しんだりすることもなく、ただただ現実を受け入れて、その状態で何事も無かったかのように、淡々と浄心で生きていく・・・。そんな心の境地に至るのだそうです。



悩みも無い代わりに、特別な喜びも無く、お浄土の仏様のように、すべての世界を俯瞰して見つめ、穏やかに過ごしている・・・。人間の喜怒哀楽を越えてしまった世界で生き続けることになるそうです。




これ↑を知ったとき、私は正直、「こんなんで生きていたんでは、なんだか人生、面白くないなぁ~」と思いました(笑)。



せっかく人として生まれてきたんだから、悟りの境地の一歩手前で「魂の成長」を止めて(笑)、今世は人間臭く、人間らしく生きたい・・・と思いました。


人間関係や生活の些細な「悩み」をいくつか抱えながらも、それでしっかり地に足をつけて生きていきたいと思いました。そうして、日々の暮らしの中で、喜怒哀楽をたくさん味わい、人の中で揉まれて笑ったり泣いたりしながら、毎日を明るく陽気に楽しみながら生きていきたい・・・そう、人間らしく生きたい!・・・と思いました。



人間なんですもの・・・・人間臭くて当たり前です(笑)。


だから、時には、思いっきり落ち込んだり沈んだり・・・。または、思いっきり元気になったり、嬉しくてHappyな気分になったり・・・。そんなアップダウンも、人間なんだもの・・・「普通のこと」なんですよ(笑)。


毎日、真剣に正直に生きているからこそ、アップダウンも平常心も、両方、思いっきり体験できるのです。


そんななかで、「悩み」があるってことは、ある意味、とても幸せな事なんですよ~。


「悩みがある」ということは、まだまだ自分の中に改善点がある!ということです。人として成長できるチャンスが、まだまだたくさんある・・・ということです。


そして、「悩み」のお蔭で、真剣に自分の人生と向き合っている・・・ということです。


そういう意味でも、「自分をちゃんと知っておく」ということは、とても大事なことです。


大地に足をつけて、実直に現実的に行動しながら生きなさい・・・ということです。


期待しているだけ~夢を見ているだけ~では、「悩み」は解決しません。


なので、「悩み」があるということは、「何もしないでウジウジと頭で考えてぱかりいないで、自分の身体を使って現実的に行動しなさい。」という、メッセージなのですよ~。


自分の魂からのメッセージです。



ちなみに、私のリーディングは、そうした「悩みを通して自分の現実と向き合い、堅実に対処して、悩みから脱して解決させたい」という人のためのものです。自分でちゃんと行動してスッキリ解決させたいという人には、とても効果的だと思います。



かまっちゃんや、甘えたいチャンだと、私のリーディングはちょっと厳しいかもです・・・(汗)、


なので、ただただ甘えて受容してもらいたいだけの人は、そっち系が専門のところ?へ行ってくださいね(笑)。


そういうのが専門の人もたくさんいるので(セラピストさん自身が依存体質だと自然とそうなります)、そっちへ行かれると良いと思います。


私の場合は、「真実と向き合い、現実的に対処していきたい、対処の仕方を学びたい」・・・という人向きなので、そのつもりで来ていただけたら・・・と思います。


そして私は、これでお金儲けをしようとか、名誉欲を満たそうとか、そういう気持ちは一切なくて、ただ「お役にたてれば嬉しい」・・・その気持ちだけなのです。


私との出会いかきっかけで、真実に目覚めて、自分の人生を生きていく覚悟を持ち、これからの人生を力強く楽しんで生きていけるようになってくれたら、それで私は本望なのです。



そのために、私というツールが必要な人のために、私は私の扉を開いている・・・。それだけなのですよ~。


数や量ではなく、「質」が大事だと思っています。


だから、、お一人お一人丁寧に向き合っていくことを大事にしています。


どうぞ、自分をしっかり見つめて、自分の現実をしっかり把握し、自分の人生をよりよく豊かにしてくださいね。


最後に・・・・。


自分の人生をより豊かにするためのヒントとなるのが、実は「悩み」です。


「悩み」を解決させるプロセスの中で、様々な人と出会いがあり、新しい世界とつながることができます。


そして、悩みの根本を見つけて解決させることにより、自分を新しい境地へと導くことができるのです。


だから、「悩み」って、とってもありがたいものなんですよ~(笑)。






「悩み」を忌み嫌わないで、「悩み」と上手に付き合ってくださいね。


悩みが出てきたら、得した気分で心から「ラッキー」と思える・・・。それくらいの境地をめざしてくださいね(笑)。









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